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八重の桜
 NHK大河ドラマ

大河ドラマ・八重の桜 全50話 あらすじと感想 一覧

八重の桜(全50話)


大河ドラマ・八重の桜も毎週楽しみに見ているドラマの一つです。ここまで夢中になった大河ドラマは「新選組」以来だと思います八重の桜は本当に素晴らしい!(≧▽≦)


激動の幕末を見事に耐え抜く会津人を描いたこのドラマは、今年1年た~っぷりとおばさんを夢中にさせてくれること間違いなしです綾瀬はるかちゃんに西島秀俊さんのコンビがまたいいっ!


と言う訳で、日本の時代劇では初めて「あらすじリスト」を作らせていただくことにいたしました。知る人ぞ知るオタクなおばさんにとって、このリストや登場人物リストを作ること自体、いかにそのドラマを気に入っているかという証でもあるのですよ~自分だけの思い入れでやんすが(;´∀`)。って単なる自己満足でやんすが


まだ5話までなので、この10倍~あと45話も語れるなんて嬉しい限りでござりまする。リストはレビューを書き次第更新する予定です。もしブックマークなどにご利用いただけましたら幸甚に存じます


【八重の桜 あらすじと感想一覧】


第1話 ならぬことはならぬ 楽しみな1年になりそう♪


第2話 やむにやまれぬ心


第3話 蹴散らして前へ


第4話 妖霊星 歴史描写も面白い


第5話 松蔭の遺言 これもまた泣けた~(;O;)


第6話 会津の決意


第7話 将軍の首


第8話 ままならぬ思い


第9話 八月の動乱


第10話 池田屋事件


第11話 守護職を打て!


第12話 蛤御門の戦い


第13話 鉄砲と花嫁


第14話 新しい日々へ


第15話 薩長の密約 出ましたね~土佐の脱藩浪士


第16話 遠ざかる背中


第17話 「長崎からの贈り物」は楽しかった


第18話 尚之助との旅


第19話 慶喜の誤算


第20話 開戦!鳥羽伏見


第21話あらすじ 「敗戦の責任」で涙ボロボロ(;O;)


第22話あらすじ「弟のかたき」は私が討つ!!


第23話 会津を救え! 皆とともに一喜一憂


第24話 二本松少年隊の悲劇


第25話 白虎隊出陣 それぞれの覚悟を胸に!


第26話 八重、決戦のとき~皆で会津を守れっ!


第27話 包囲網を突破せよ


第28話 自慢の娘 涙腺が壊れました


第29話 鶴ヶ城開城 145年の時を経て


第30話「再起への道」に共感しきり


第31話 離縁のわけ


第32話 兄の見取り図


第33話「尚之助との再会」 大いに笑い大いに泣いた


第34話 帰ってきた男


第35話 襄のプロポーズ ああよかった


第36話 同志の誓い 再婚おめでとう!


第37話 過激な転校生


第38話 西南戦争


第39話 私たちの子ども


第40話 妻のはったり


第41話 覚馬の娘


第42話 襄と行く会津


第43話 鹿鳴館の華 楽しい負け戦♪


第44話 襄の遺言


第45話 不義の噂


第46話 駆け落ち


第47話 残された時間


第48話 グッバイ、また会わん


第49話 再び戦を学ばず 大いに共感いたしました


八重の桜 最終回 いつの日も花は咲く 本当に素晴らしいドラマでした


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最初から最後までたっぷり楽しませていただきました!



NHK大河ドラマ「八重の桜」完全ガイドブック (TOKYO NEWS MOOK 328号)

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八重の桜
 NHK大河ドラマ

八重の桜 最終回感想とあらすじ 本当に素晴らしいドラマでした

八重の桜のあらすじと感想はこちらからご覧いただけます: 大河ドラマ・八重の桜 あらすじと感想


八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)NHK大河ドラマ 「八重の桜」続・完全読本 (NIKKO MOOK)


大河ドラマ・八重の桜はついに夕べが最終回でした。このドラマが自分にとって一生忘れられない作品となったことは間違いありません。いつの日も花は咲く、以下そのあらすじをタップリ語らせていただきます


時は明治27年(1894年)、ちょうど日清戦争が始まって3カ月が過ぎ、大山率いる第2軍が遼東半島から旅順へと進軍していた頃、八重は広島の陸軍予備病院で従軍篤志看護婦として懸命に働いておりました。この辺はまさに会津戦争を思い出すところですが、八重たち看護婦の存在はまだまだ軍人~衛生兵にさえ認められていないようです。


病院も戦場と同じだ。女の出る幕ではない!


若い看護婦たちは彼らのこの心無い言葉に傷つきますが、八重はビクともいたしません。何せ八重は、頭の固い会津藩士が皆口々に反対する中、女の身でありながら鉄砲を担いで敵の大将(今旅順を攻めている大山)に見事にその銃弾を命中させた女傑だからですそんな偏見になど決して負けません(^^)/


会津のお城でも、看病は女の仕事だった。私はあの時お城にいた


敵の清国兵を看護していた姿にも眉をひそめていた衛生たちが一瞬言葉を失います。会津の城にいたということは昔は「逆賊」として扱われていたはず。そんな八重が今、国のために負傷した兵士のみならず、敵国の人間まで看病すると言うことがどれだけ素晴らしいことなのか、彼らには容易に理解できたはずだからです


敵意をむき出しにする言葉の通じない清国兵にさえ、その真摯なまなざしだけで信頼を得るほどの八重が誇らしくてならなかったのはおばさんだけではないことでしょうあのまなざしが素晴らしい(*´ω`*)。実家でその帰りを待つ、襄の母=登美が、男の中での仕事は想像を絶する辛さだろうと八重を心配するのを聞いて、意味深な笑みをたたえながら、八重なら大丈夫だと頷いていた佐久おっか様の気持ちが手に取るように伝わってきました


「初めての事にはいつでも反対する人がいんだし。まずはやってみせんべ(みせましょう)」


幼い頃から皆が反対する鉄砲を何としてでも学び、最後には達人にまでなった八重ならではの言葉です。八重はその後「茶道」にも精通するようなのですけれど、その際、こう言っていた言葉も忘れられません佐久おっか様に言いました


「私は武士の娘だから、一旦始めたことは極めるまで止められない兄様にそう教わったから


これもまた、覚馬が幼い八重に言い聞かせた言葉でしたね。こういうシーンに接するたびに、ああ、人の心や思いという物はこうして引き継がれていくものなのだと改めて感慨を深くするおばさんなのです


また八重たちは、負傷兵の傷の手当のみならず、弱った彼らが罹患したコレラや赤痢にも大変苦労したようです。


が、当時の日本は、難攻不落と言われた旅順を日本軍が攻め落としたことで大層湧き上がっていたため、そのような「士気の下がる話」はあまり大きくは取り上げられなかったようです。


その世論の象徴として描かれていたのが、襄の教えを色濃く受けていたはずだった徳富蘇峰(猪一郎)でした。生前の襄とは随分親交が深かったようなのに、ここに来てのこの蘇峰の右傾化にはかなり驚かされてしまいました。前回もその片鱗は見えており、弟の徳冨蘆花と比べられておりましたけれど、あれほどまでに世論を煽っていたとは!


ドラマの中でも板垣退助が言っていたように、元々は自由民権派だったのが、なぜあれほどまでの国粋主義に変わってしまったのか、クリスチャンであるはずの蘇峰が、なぜ

「むごたらしい犠牲者を多く出した戊辰戦争の比ではないほどの血が流れる」

戦に対し、まったく疑問を持たなかったのか、が不思議でなりませんけれど、それもまた、以前佐久おっか様が言っていた

「錦絵でしか戦を見たことの無い人間にはその悲惨さが分からない」

ということなのか。はたまた、人は一旦流されはじめると、どこまでもその大勢に流されてしまうという「歴史からの警告」なのか


会津戦争を経験した八重には人命の尊さ・重さが肌身に沁みて分かっていたが、血気盛んな青年だった蘇峰は、国民一人一人の命より、明治時代という、それまで抑圧されていた日本という小さな島国が初めて世界に打って出ようとした一種爆発的な勢いに飲み込まれたという対比が実に見事に描かれていたと思います。


病院を訪れてさえ「戦争を勇ましく美化し国民を鼓舞する絵」がほしがる蘇峰に対し、看護婦としての功績が認められて「皇族以外の女性としては初めて宝冠章を受章」したというのに、あまり嬉しそうではない心中複雑な八重がいかにも対照的でした。本来八重は、戦を止めたかったにもかかわらず止められなかったために従軍したのですからね。


でも、そんな八重の活躍を聞いて大喜びする会津の人々のシーンは本当に楽しかったここは文句なしに大喜び(^^)/


今は藤田五郎を名乗る斉藤一が警視庁の道場で、警官たちの剣道の稽古をつけていた際、皆が「あれこそが斉藤一だ」とその腕をたたえ、半ば恐れていたところに、その斉藤の妻の時尾二葉が、八重の叙勲を知らせる新聞を持って駆けつけてくるのです


「八重さんが勲章を頂いた。民間人で最初に勲章を授かるのが会津の女子だ。誇らしいっ!!も~嬉しくてたまらないっ!(≧▽≦)


篤志看護婦として若い看護婦たちを率いて張り切った八重の姿が目に浮かぶようだと、まるで自分の事のように喜ぶ時尾と二葉は、自分たちもまた胸に熱い情熱が湧き起こるのを止めることができません


薙刀でも振るいたい気分だと言った二葉が、近くに立ててあった長い棒に目をつけ、早速それを振るって「鬼の斉藤」をえいやっとばかりに打ち倒してしまったシーンには大笑いでした。本当に、こんなに楽しい日が来るなんて、思いもよりませんでしたよね。(もうすっかり仲間の気分


一方の八重は、心を整理するために懐かしい会津に戻ってきたようです。幼い頃、何かにつけて登っていたあの見事な桜の大木に

「今でもいけんべ

と言って登り始めたその時に、懐かしいあの人が声をかけました~見事な白髭をたたえた西郷頼母その人です。


戦の無い世を願っているのに、一向にその時が訪れないと沈んだ様子の八重に、頼母がこう声をかけたのが忘れられません:

会津を犠牲に打ち立てた新政府がいったいどんな国を創り上げるのかを見届けたい一心でここまで生きてきた。が、戊辰戦争以降、瞼に焼き付いたのは、国のあり方ではなく、人々の懸命に生きる姿だった。この胸を揺さぶってならないのは、健気に笑おうとする人々の姿ばかりだ


八重、おまえもまたその一人だ。よくぞそこまで立ち上がって勲章を頂くまでになった。立派な会津の女子だ


嬉しくて嬉しくてたまらないという頼母の言葉を聞いて、ようやく八重の顔に屈託のない笑顔が浮かびましたありがとなし。大局的なことを思えばキリがないが、自分という個人を振り返った時、八重は八重にできる精一杯のことをしたのだと、ようやくここで八重は納得することができたのでしょう。


本来なら真っ先にそう言ってくれただろう佐久おっか様が、八重の叙勲を前に85歳で亡くなってしまったのは残念でしたね。生きていたらどんなにか喜んでくれただろうと思うと淋しい限りですが、でもきっと、先に逝って待ちくたびれていた()権八お父様や三郎、そして襄や尚之助とともに、皆で八重の健闘を称え、心から喜んでいたに違いありませんから皆が八重を見守ってますから


花は散らす風を恨まない。ただ一生懸命咲いている


満開に咲き誇る桜の花を見ながらそう言う八重に、おまえは桜だと頼母が言います。花は散っても時が来るとまた花を咲かせる。何度でも何度でも花を咲かせろ。


この言葉を胸に抱いて京都へ戻った八重は、心を開き、互いを敬うという「和敬清寂」の精神のもと、もはやすっかり軍国主義者となった蘇峰~自分は愛国者なだけだと言って憚らない蘇峰にお茶をたててこう言いました。


襄もまた愛国者だったが、襄の言う愛国とは、その国に住む人間一人一人を愛することだった。


言論の力が国を動かすとあなたは言うが、あなたは今、その力を何に使うつもりなのか?力は未来を切り開くために使わなくてはならないのに。


あなたが今動かしている世論という「大きな力」は日本を再び戦へと駆り立てようとしている。自分がいた会津は昔、その大きな力に飲み込まれて滅亡を余儀なくされた。(日本が再びまたその過ちを犯そうとしているとは思わないのか?


会津戦争で、一人でも多くの敵を倒すために使った銃弾が今この手にあるとしたら、最後の一発はいつまでも頭上に立ち込めている暗雲~戦という支配への人間の飽くなき欲望を撃ち払うために使いたい。


八重が最後に大空へ向かって銃を撃ったのにはそんな意味が込められていたのではないでしょうか何とも象徴的なシーンだったな~


また、前回容保が山川兄弟に託した御宸翰の存在が公表されたのは、もう少し後のことだったようです。八重が叙勲され、兄の浩が亡くなり、徳川慶喜が復権したそのタイミングで、健次郎は兄と仕上げた「京都守護職始末」を世に公表し、会津が逆賊でないことを明かしたかったようなのですが、明治政府がこれに激しく反発したのです。


今、会津が逆賊ではなかったということが世間に知られたら、明治政府の大義名分が無くなり、その信用が失墜する、次の戦(=日露戦争)に向けての士気も下がるということなのです。


結局は容保が言い残した「火種」が再び燃え盛ることの無いようにとの配慮から、この本が出版されたのは明治44年の事だったそうです。自分たちの名誉より、国のことを憂えて約半世紀近くも真実を伏せていたこの忍耐と勇気にも本当に頭が下がりますよくぞ我慢した!


全50回という限られた回数の中、これだけの内容を盛り込むのは本当に大変な作業だったと思います。最初から最後まで八重になり切って見ていたおばさんとしては、自分なりの想像の翼を目いっぱい広げて思う存分楽しむことができたので心から満足したと言い切りたいです。もちろん、この後何らかの形で、続編なりスペシャル版なりに触れられたら、この上なく嬉しいでしょうけれど


またひとりの福島県民として、八重の「決して諦めない」というメッセージも深く心に刻ませていただきました。一人の女性としても、明治の世にこのような素晴らしい先輩がいたのかと思うと誇らしい気持ちでいっぱいです。そんな八重を見事に演じきった綾瀬はるかさんにも心からお礼を言いたいです。本当に素晴らしかったです


八重の桜はこの1年間、1度も退屈すること無く、心の底から楽しませてもらった傑作でした。このドラマに出会えたこと、ここでタップリ語らせていただけたこと、どちらもとても幸せでした。足しげくお訪ねくださいました皆々様にも心からお礼申し上げます。最後までお付き合いくださいまして本当にありがとうございました!


八重の桜は傑作でした!ありがとなし!

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八重の桜
 NHK大河ドラマ

八重の桜 第49話 再び戦を学ばず 大いに共感いたしました

八重の桜のあらすじと感想はこちらからご覧いただけます: 大河ドラマ・八重の桜 あらすじと感想


八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)NHK大河ドラマ 「八重の桜」続・完全読本 (NIKKO MOOK)


大河ドラマ・八重の桜の49話は「再び戦を学ばず」です。これは、襄亡き後、同志社英学校の総長代理を務めていた覚馬が卒業生に対して贈った言葉だそうですが、これには大いに感動させられました素晴らしいエピソードでした


かつて自分は会津藩士として戦い、京の町を焼き、故郷の会津を失った。その償いの道も未だ半ばだというのに、日本は今また(多くの犠牲を払ってまで仲間入りした)世界とともに「戦いの道」を歩み始めている。皆には聖書の一説を心に深く刻み、か弱い者たちの盾になってほしい。


剣を打ち変えて鋤となし、槍を打ち変えて鎌となし、国は国に向かって剣を上げず、二度と再び戦うことを学ばない。


二度と戦を起こしてはいけない~これこそがこの八重の桜のメインテーマだったのではないでしょうか


また覚馬はこれに先んじてこうも語っていました:

日本はこの20年で急激な近代化を遂げてきた。今、その揺り戻しが来ている!


徳川幕府が倒れ、明治政府ができたその背景には、愚直なまでに幕府に忠実だった会津がいけにえにされ「逆賊」の汚名を着せられたという事実があった。その屈辱の中、多くの尊い命が失われたということを、果たして明治政府、そして国民は、当時どうとらえていたのでしょうか。


単に会津という一国が潰れただけの事~文明開化のためにそのぐらいの小さな犠牲はやむを得ない。それがなければ、いつまで経っても日本は近代化から取り残され、もしくは列強の餌食になっていたに違いないのだ


おそらくは多くの人々がそう考えていたのだと思います。その屈辱や苦悩を強いられた会津の人々でさえ、過去の苦しみや恨みはぐっと抑え込んで生きてきたのだと思います。これでよかった~そう思わなければ、人は前には進めません。


でもいざ20年経ったその時、日本は本当に「進化」していたのでしょうか?武力で会津を抑え込み、会津にだけ濡れ衣を着せて黙らせたそのやり方は、果たして改めることができたのでしょうか?そう問いかけずにはいられません。


今、明治政府は列強支配に対抗すべく、自分もまたその仲間に入ろうと野心を燃やしています。でもそれは標的が国内から国外に代わっただけにしか思えません。それが、襄や覚馬、そして八重が望んだ、真の近代国家のあり方だったのでしょうか?


今回の主役は紛れもなく覚馬だったと思うのですが、覚馬は、八重がいみじくも語ったように、昔からとても先見の明のある人物でした。その才能は最初、幼い頃から訓練してきた銃~兵法に特に発揮されていました。会津に新式銃を取り寄せたり、西洋式の軍事訓練を勧めたりと、あくまでも「会津を守るため」の軍事面に生かされていたのです。


が、実際に自分の目が見えなくなり、捕虜となって脚も不自由になった体では、覚馬はその銃の腕も、知り得た知識も、会津のために生かすことができなくなってしまいます。


それ以前から諸藩よりも日本、そして日本よりも世界に目を向ける人々との交流により、覚馬は次第により大きな視野を持つようになり、当時の幕府や朝廷、そして会津藩のあり方に大いに疑問を投げかけるようになっていきます。


会津をそこまで追い詰める必要があるのか、会津もまた「義」のために討ち死にするのではなく「民の命」を優先することはできないのか、真の近代国家とはどうあるべきか。


今回覚馬はついにこう言いました大君の儀※~皆が守ってきた「御家訓」のこの一条こそが、会津を縛ってしまった、と。


~大君の儀、一心大切に忠勤に励み、他国の例をもって自ら処るべからず。若し二心を懐かば、すなわち、我が子孫にあらず 面々決して従うべからず~


さらに覚馬は八重と、兄が尚之助の遺志を継いで会津の真実を書き残す事業に取り組んでいるからと、覚馬の話を聞きにやって来た健次郎にこう告げます。


会津は確かに勤王の志が高かったが、薩摩の西郷や長州の木戸たちも同じように勤王の志を持っていた。進む道、選ぶ手段は異なってしまったが、帝を敬い、国のために働きたいという「志」は皆同じだったはずだ。


京都に来てから、薩摩や長州出身の人々と本音の交流を持った八重にも覚馬の言わんとしたことが分かったようです。自分は会津戦争当時、踏み込んできた敵と戦うことで精いっぱいだったけれど、本来は、戦をしないで済む道があったはずなのだ


健次郎もまた、戊辰戦争後は長州の人間に預けられて教育を受けた人間です。口では何と言おうと、覚馬の言葉を最も理解しうる人物でもあるはずなのです。何せ妹の捨松もまた、大山巌の妻になったほどなのですからね。


なぜ人間は戦うことが止められないのか。佐久おっか様は、自分が辛い目に遭ったことがないから分からないのだろうと言っていました。でも、人間が何もかもを経験することは土台無理な話なのです。そのためにあるのが教育~学問=歴史(過去)に学ぶことなのですよね。


八重のように、戦争に行ったことがない、人を殺したことがない人間でも、戦争のむごたらしさ、傷ついた痛みを、たとえ経験しなくても、経験したのと同じように共感する力を育てることが、教育でしょう。そしてそれにはまさに襄が力説していたように、国家からの押し付けがあってはならないのです。


「公平かつ正しい情報をすべて収集したうえで、誰に強制されるでもなく自ら考える力


を育てることこそが教育なのです。情報の規制は言論統制につながります。皆が皆同じ「少ない」情報を与えられ、視野を広げることもできず、皆で同じ方向を向くようになる~これこそ私たちが最も恐れねばならないことなのです。


このドラマが始まった頃、戦争を描く(賛美する)ドラマなど言語道断だというようなご意見があったようですが、決してそうではないのですよ。確かに当時の会津の人々は、御家訓大事、殿様大事で、皆が一丸となって、敵から城を守ろうと戦いました。


でもそれは覚馬の言うように、当時の「教育」が原因だったのです。武士としての誇りより、殿さまの命より、名もなき多くの民とその生活の方が大事だ、子どもたちを死地に赴かせるなどとんでもない~そう声を上げることが、あの当時は誰もが思いつかなかっただけなのです。そもそもそのような思考(価値観)が存在していなかったのです。


今回このドラマは、松平容保にもこの点を明らかにさせています。覚馬は今回65年の生涯を閉じるのですけれど、それを聞いた容保は、知らせにやってきた山川浩・健次郎兄弟に御宸翰(ごしんかん)を渡すのです。時の孝明天皇から賜ったこの親書こそ、会津が逆賊ではなかった証。それをどうしてこれまで世に公表しなかったのかと山川が問うと、既に病魔に蝕まれていた容保がこう告げました

これが世に出れば、また戦の火種になる


都の争いでは、勅許を得たものが正義となったから、御宸翰が出れば今度は立場が逆になるだけだと容保は言ったのです。今の世なら、御宸翰の存在を明らかにすることで会津の正当性を世に訴えた上で、互いの立場を理解しようと歩み寄る道もあったでしょうが、酷い戦から時を経ていない時代にこれを明かせば、また再び争いが起きるだけだと、自ら逆賊の立場に甘んじていたという気持ちもよく理解できますよねなんとも気の毒な殿さまだ


いつか御宸翰を世に出してくれ。会津がいかに誇り高く戦ったかを、死んでいった者たちの心を(世間に知らせてほしい)。


ただし、再び同じ道を辿らぬよう 戒めとしてこれをそなたたちに託す


その容保もその後亡くなり、八重は、もうともに同じ時代を生きた人々が皆いなくなってしまったと心から嘆き悲しみますが、昔、襄と行った「ピクニック」で、襄がかけてくれた言葉が蘇ります。亡くなった人はもうどこにもいきません。あなたがより幸せで、より強くなれるよう、ずっとそばにいて支えてくれますお父様も兄様も、尚之助様も襄も三郎も、み~んな八重を見守ってるよ( `ー´)ノ


言葉も、想いも、決して消えることは無いのだと、ここはもう涙が止まりませんでしたもう他人事とは思えん(;O;)


本来なら、戦とその悲惨さを経験した八重は、それから日本が経験していった戦争を止めたかったに違いありませんが、もう動き出してしまった物は止められないと、頭をさっさと切り替えて「自分にできる精一杯の事」を選択するのも八重ならではです


八重は戦場看護婦として敵味方の区別なく、命あるもの全てに愛情を注ぎ、その手厚い看護をするために、大山巌に直談判しに行きました。会津戦争では官軍だったけれど、その後「賊軍」として戦った西郷隆盛の身内でもある大山が、これを快諾してくれたのも嬉しかったですね


「いたわり救うは人の常なり。仁愛の心を持ってこれに対すべし」


そんな心があっても尚戦に臨まねばならないこと自体が、なんとも惜しまれることですが、過去に文句を言ってみても始まりません。現代に生きる私たちにできることは、手痛い失敗をする前に、歴史に学ぶことだけです。覚馬が卒業生に語り聞かせたように、私たちもまた

「一国の、世界の良心」

たるよう精進せねばならないのです。いかなる力にも知恵を総動員して抗い、なんとかして道を切り開いていかねばならないのです。それが、この八重の桜という素晴らしいドラマに出会えた本当の意義なのだと思いますこのドラマに出会えてよかった~(;O;)


一口に大河ドラマとは言っても、この八重の桜には学ぶところが本当に多かったです。それももう来週はいよいよ最終回~おばさんが待ちに待っていた西郷頼母もようやく顔を見せてくれそうなのも楽しみです。来週はあますところなく隅々まで語らせていただくつもりでおります。最終回の放送が、今からとっても待ち遠しいですいよいよ来週は最終回(^^)/


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八重の桜
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八重の桜 あらすじと感想 第48話 グッバイ、また会わん

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八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)NHK大河ドラマ 「八重の桜」続・完全読本 (NIKKO MOOK)


大河ドラマ・八重の桜の48話は「グッバイ、また会わん」~ついに襄がこの世を去る日がやってきました襄との別れです


襄と言う「日本の宝」が消えてしまうことは実に痛ましく惜しいことだったけれど、でも襄が最後の最後まで掲げ続けた教育への理念と情熱は間違いなく全国に伝播したのが確かに見て取れたのがとても感動的でしたそういう「つながり」が上手いですね~この脚本は( `ー´)ノ


その一人として、遠い昔、八重と尚之助の仲人をしてくれた懐かしい秋月が顔を見せてくれたのも嬉しかったですね。秋月はずっと東大予備門で漢学を教えていたそうなのが、熊本から教えに来てほしいと乞われて老体に鞭打ち、そこへ向かう前に覚馬と八重を訪ねてきてくれたのだそうです。


秋月は新聞で、襄の書いた「同志社大学設立の旨意」を読んで熊本行きを決めたそうです。今こそ学問の力が必要とされる時、隠居などはしておられぬ~そう奮い立たせてくれた襄とじっくり語り合いたかったのでしょう。秋月は襄の演説を聞いたこともあったそうです。


静かな口調の中に、火の玉のような熱を放っていた


それはまるで会津戦争の折、皆を鼓舞して回っていた八重のようだったという秋月の話も楽しかったですよね。それを聞いた八重が、私と襄が似ていたのかと問い返した時の秋月の反応にも大笑いでした。


「(あの)新島先生を(呼ばわり)かっ!(さすがは八重殿だっ!!)」


その秋月はその後明治27年まで熊本で教鞭を執り、同僚だったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)にその人柄を

「神のごとき人」

と称えられたのだそうですこう言う話を聞くのは嬉しいな~( *´艸`)


また同じく懐かしい会津の話では、会津家中で老中を務めた梶原平馬が亡くなり、その生前の様子をともに小学校設立に尽力したテイ(MEGUMI)が知らせに来てくれたくだりもよかったです。


ドラマだけだと詳しいことが分からなったので少し調べてみましたところ、平馬は二葉と別れた後、水野テイという人物と結婚して東京に住んでいたのだそうですが、テイが肺を患って退職したのをきっかけに北海道へ渡り、その後は根室で、子どもたちに学問を教えてひっそりと暮らしていたのだそうです。


(ドラマでは)一方的に離縁されて、もう縁のない人だと最初はむっつりしていた二葉が、テイから差し出された一枚の絵を見た時に見せた表情にはじ~んとしてしまいました。あれこそ、平馬が二葉のために買ってきたお人形の絵ではありませんかめんごいごと(;O;)


こちらは一生独身を貫いたらしい二葉は、今では立派に東京女子師範学校で働いていたようですが、元々は好きで別れたわけではない元夫の冥福を、もはや何のこだわりも無く心から願えたようなのがまた何とも胸を打ちました


一方、肝心の襄はというと、そろそろ東京での資金集めを終えて京都へ帰ろうとしていたようなのですけれど、そこで大隈重信が撃たれたという話を聞いて、ますます無理をしてしまったようです。せっかく国会を開設しても、反対意見を暴力で封じるような人間が多数を占めていては、真の民主主義国家は生まれないっ!!


ところがついに力尽き、前橋で倒れてしまうのですが、それでも襄は神奈川の大磯で療養という名目のもと、より一層寸暇を惜しみ、資金援助を各方面へ呼びかけていたようです。


が、苦しい息の下で八重や母を気遣う手紙を書いていた襄にもついに限界がやってきました。腹膜に水が溜まっているからすぐに家族を呼ぶようにと医師にも告げられてしまいます。


八重には決して知らせるなと命じられて黙っていた猪一郎ももう我慢できぬと走り出したところに、なんとその八重が姿を現しました間に合ってよかった~(;O;)。八重は、襄から届く葉書の筆跡とその内容から、襄に異変が起きていることを感じ取り、真相を知って黙っていた覚馬から療養先を聞き出して、早速駆けつけてきたのです


八重さん、来てくれたんですね。逢いたかった!!


息も絶え絶えの襄を励ます八重です。何も心配はいらねえ。私が一緒だ。そばにいるから最後まで一緒に戦う!( `ー´)ノ


襄危篤の知らせを受け取った全国の同志、そして信奉者が襄のために祈っていた時、襄は最後の力を振り絞って、こう言い残していたそうです:


学生は型にはめず、まことの自由と国を愛する人物を育ててください。
天を怨まず、人を尤めず、ただ感謝あるのみ


論語の言葉を引用した襄は、最後に聖書の「エペソ人」を読んでほしいと、ずっと付き添っていた小崎に頼みます。


これは使徒パウロが書いたとされる手紙の第3章で、全ての使徒たちの中で最も力のない自分が福音に仕えるという恵みを授かったのは、キリストの愛をすべての人々に伝えるためだという、まさに襄の生涯を凝縮した一節だったようです。


こうして気持ちの整理をつけた襄が、愛する妻八重を残して逝くことだけが心残りだと嘆く様子が何とも痛ましかったですあんなにやつれて痛々しい(;O;)


その襄を安心させるかのようにキッパリとこう告げる八重はやはり襄が見込んだだけのことはありました。


心配いらねえ。私は元々守られて生きるような女子ではねえ。


だげんじょ、今はまだ別れたくはねえ。


襄、ありがとなし。私を妻にしてくれて。戦の傷も、犯した罪も悲しみも、みんな一緒に背負ってくれた。私を愛で満たしてくれた。


ありがとなし。


そう言って涙を流す八重をたしなめ、大好きなあなたの笑顔を見たいという襄のために、懸命に微笑む八重が哀しすぎでした。


泣いでなんかいねえ。襄と私は神様の絆で結ばれた離れることの無い夫婦なんだから。


そう言う八重に最後の別れを告げる襄です: グッバイ。また会いましょう天国で待っていますよ


そう言って静かに襄は息を引き取りました。ここは本当に悲しかったけれど、最後に敢えて襄が「Good-bye」と言ったこと(元々は「God be with You」~「God Bless You」の意味があります)、そして何よりも、八重が今度こそ「伴侶」の最期を看取れた=直接お別れを言えたことが嬉しかったシーンでもありました。


「彼等は世から取らんとす 我等は世に与えんと欲す」


勝海舟が最後に襄に送ったことばだそうです。本当に素晴らしい生涯を送った日本人がいたことに誇らしい気持ちでいっぱいになりました。できることなら、もう少しこのドラマでも、襄の生涯を詳しく掘り下げてほしかったですが、1年と言う制約があるためいかんともしがたいところが残念でなりませぬ


襄の死を悲しんでいた八重は、覚馬に叱咤されて奮起し、今度は「日本赤十字社篤志看護婦人会」に参加を余儀なくされてしまったようです。自分のことよりも他人のためにその命を燃やしつくした襄の妻として、八重にはまだまだすべきことがたくさん残されているのです。この発足に携わった大山捨松もまたアメリカで襄に励まされたひとり(=襄の蒔いた種が着実に育っているというのも素敵でした。


4年後には日清戦争が勃発するというこの時代、八重は今度は看護婦として働くことになるのですね。


来週にはまた懐かしい容保公の姿も見えていたようです。逆賊の汚名を着せられてから二十数年が過ぎた今、明治日本はいったいどこへ行こうとしているのか。あれから二度と戦の無い世を目指して奔走してきた覚馬や八重が、この動きの中でどう生きていったのでしょうか。


あ~やはり時間が絶対的に足りないですけど、それでもあと2回、目いっぱい楽しませてもらいますよ!八重の桜、残り2話!


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八重の桜 あらすじと感想 第47話 残された時間

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八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)NHK大河ドラマ 「八重の桜」続・完全読本 (NIKKO MOOK)


大河ドラマ・八重の桜の47話は「残された時間」です。


憲法発布を翌年に控え、襄はそれまでに何としても同志社を大学にすべく奔走しています。立憲国家が道を誤らぬようにするためには、国民の教育こそが何より重大だと襄は考えていたのです。国会に送り込む人材を急ぎ育成せねばならない。


そんな襄のために、今では民友社の社長となった徳富猪一郎(蘇峰)が「国民之友」の中で襄と福沢諭吉について取り上げてくれました。このふたりは明治における教育の二大主義を代表する人物である。諭吉は「物質的知識の教育」を、襄は「精神的道徳の教育」を行っている。


これを知った襄のセリフではありませんが、あの高名な福沢先生と肩を並べて紹介してもらえるとは~と、新島襄さんとは縁もゆかりもないおばさんでさえ、ここは嬉しくなってしまったほど。それだけ八重や襄がとても身近に感じられていることの証ですよね。


名声が高まれば多くの人が出資してくれる、良い機会だから東京へ出て演説会を開いたらどうかと言う誘いに、最初は襄の健康を気遣って難色を示していた襄お抱えの「大警視」の八重も、自分がともについて行くならと言うことで、しぶしぶ了承したようです。


当時、外務大臣となっていた大隈重信の邸宅で開かれたその演説会では、各界の有力者がズラリと居並ぶ中、襄の必死の説得が奏功し、億を超える寄付金が集まりましたが、それも、その後訪ねた勝からは、同志社が

「ヒモ付

になったのではないかと揶揄されてしまいます。本来の大学設立の目的=人材育成に興味のない連中に踊らされるより、もっと全国に呼びかけて同志を募り、少額でもたくさんの寄付を募ったらどうか


数十分の演説でさえ消耗してしまう襄の体が心配な八重が、全国行脚などもってのほかだと口をはさむと、勝は、そんな今こそ「国民之友」を利用すればいいのだと助言しました。この本に、襄が書いた

「同志社大学設立の旨意」

を掲載して、国中の読者に訴えかければ、数万人を相手に集会を開くのと同じことだ!1人から千円もらうより1円ずつ千人から貰った方がいい!


猪一郎の力を借りて実現したこの目論見は見事に奏功し、全国からの問い合わせが殺到します。が、これがまた襄をますます多忙にしてしまうのです


でもそれはさておき、襄のあまりの顔色の悪さにその容体を心配した勝の勧めで、ふたりが鎌倉の静養所へ行って、そこでひと夏を過ごしたという話は、久しぶりに心和むエピソードでございました


のんびりと海岸を散歩したり、ふたりで射的をしたり。八重の「命中」を久しぶりに聞いたのも楽しかったですね。ああ、襄の腕では八重に叶うはずもありません。それこそ八重は会津の鉄砲大将だったのですから


襄が私に勝つには10年かかる


そんな時が見られたらどんなに嬉しいかそんな日が来たらどんなにいいか(;O;)~そう思ってしまったのはおばさんだけではありますまい。ここにあの槇村がふらりと訪ねてきて、同志社の生みの親は自分だと大金を寄付していったのもいかにも槇村らしくてよかったです


そしてついに八重もまた、襄の残された時間を知らされることになります。京都へ戻った八重が襄の主治医である明石にその容体を尋ねたところ、襄の心臓はいつ止まってもおかしくない状態だと言われてしまったのです


襄のためにふかふかの毛布を奮発したとわざと明るく振る舞いながら帰宅した八重の様子をいぶかしく思った襄は、明石先生は何と言ったのかと、いつも穏やかな襄にしては珍しく、しつこく厳しく尋ねてきました。


死ぬことは恐ろしくない。恐ろしいのは突然命を絶たれること。私にはやるべきことがあるのだから、その時をきちんと知っておきたい。


が、八重から真相を聞くとさすがに襄もこたえたようです。これまでどんな困難に遭っても、それは神により近づける恩寵だと感謝してきた。が、あともう一歩と言うこの時に、自分は召されねばならぬのか。同志社大学の設立を、この目で見届けることはかなわないのか!どうして神は私にもっと時を与えてくださらないのかっ!(;O;)


血を吐くような襄の言葉からその苦しみを肌で感じた八重は、同志社を大学にすることは襄の「戦い」なのだとあらためて痛感するのです。戦いならば途中で逃げ出すわけにはいかねえなそれなら仕方ねえ( `ー´)ノ


最後まで共に戦ってほしいと懇願する襄を前に、一分一秒でも長生きしてほしいという妻としての願いを封印する八重が、なんとも悲しく、でも同時に誇らしくもありました。それでこそ我らが八重ですどんなに辛いかな~(;O;)


同じ頃、襄の母=登美も患っていたそうで、襄は母の看病を八重に託し、またしても戦いへと出かけていきます。あああれが二人の今生の別れとならねば良いのですが今度こそ最期を看取らせてあげたい(;O;)


一方、覚馬はみねの忘れ形見の平馬を山本家の養子に迎え、久栄は好きな道に進めと勧めてくれたようです。これでようやく時栄の気持ちも報われたような気がして、個人的にはかなり嬉しかったです覚馬が分かってくれて本当に良かった。覚馬がもっと早く時栄を一人の女性として尊重していれば、とも思うけれど、人間は常に過ちを犯す存在なので致し方ありません。その失敗を生かして娘を自由に羽ばたかせてやれるのは本当によかったですよね


来週の放送時はもう師走です。ドラマ自体の残された時間も本当に少なくなった今、その残された時間を目いっぱい堪能させてもらいたいです八重の桜が終わったら寂しくなるな~(;O;)


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八重の桜 あらすじと感想 第46話 駆け落ち

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八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)NHK大河ドラマ 「八重の桜」続・完全読本 (NIKKO MOOK)


大河ドラマ・八重の桜の46話は「駆け落ち」です。


今回は、結婚して家を出たみねが、同志社の教師となった夫の伊勢とともに京都へ戻り、山本家で「平馬」という男児を出産するという慶事があったにもかかわらず、その後すぐにみねと、その後を追うかのように、襄の父=民治が他界してしまいます。


みねは産後のひだちが良くなかったのか~死因は明らかではありませんでしたが、民治はそのみねの葬儀で雨にあたったのが祟って風邪をこじらせたというのが、なんとも気の毒でございました。


年老いた佐久おっ母様が、孫のみねの死を看取るにあたり、みねや久栄のみならず、産まれたばかりの平馬までが「母」を失うのは酷すぎる。神がいるならいっそ自分の命を奪ってくれ、と慟哭した様が辛すぎました。


一方の久栄は、不義の罪で母が山本家を追い出されたことでひどく傷ついていたためなのでしょうが、腹違いとはいえ、容体の悪い姉を見舞うこともせず

「自分は山本家のお荷物だから

と、同様に兄にコンプレックスを抱く健一郎とロマンスを育んでいます。みねは生前「形見わけ」にと、みねに万年筆を残していたというのにここはいかにも自分勝手な気がしました(-_-;)


「あの子は優秀な子だ。母親のことで辛い思いをしているだろうから、面倒を見てやってほしい」


叔母の八重にこう言い残したみねに対し、久栄の奔放さが鼻についてしまったことは否めません。


その上、久栄はいまだに、母を追い出した八重に反感を抱いているようでした。あの時八重が敢えて悪者になったことが分かっていたとしても、それでもやはり誰かにあたらなければやり切れない心情だったのでしょうけれど。


そんなやりきれなさが久栄を健一郎に走らせたのかもしれませんね。自分勝手に見えたのも、それまでずっと、母の時栄同様、我慢を重ねてきた反動だったのかもしれません。


ずっと見てきたみねの行動なら、色々妄想して感情移入もできるのですけど、この久栄はほとんど描かれてこなかったからなのか、久栄の心情がなかなか掴みにくいのが個人的にちょっともどかしかったです。


でも今になってみると、そうやって描かれてこなかったことこそが、久栄の山本家における立場を象徴していたのでしょうか。みねはずっと「山本家の跡取り」だったけれど、久栄は、そのみねがいなくなって「仕方なく」跡取りに滑り込んだ


だから久栄は、同じようにコンプレックスを抱いていた健一郎に共感し、窮屈な山本家を飛び出して、新しい世界へと飛び立ちたかったのでしょうね。


健一郎も同様でした。優等生の兄とは違い、自分は当時一段低く見られていた「小説」などにうつつを抜かしている。皆の軽蔑の眼は痛いほど突き刺さるが、それでも自分にはこの道しかない~人間の誰もが抱く、醜い欲望や強烈な自我を「理性」や「道徳観念」で押さえつけることなく、赤裸々に表現したいのだ!


ちとおばさんの妄想が入っちまいましたけど、でももし、徳富蘆花という人が、今おばさんが妄想したような人物だとしたら、漏れ聞いた時栄の話を実にドラマティックに表現しただろうことは、想像に難くありませんよね。何せドラマや小説という物は、淡々とした事実だけを並べても面白くないことが多いですから。


これまでも新しいことに挑戦しては、皆から非難され続けてきた経験を持つ八重は、厳しい世界に身を投じようとしたこのふたりに温かいまなざしを注いで応援しようとしますが、駆け落ちだけは里帰りができなくなるからやめろと止めたのは(以下で触れますが)なかなか八重らしくてよかったですよね


これで一旦は思いとどまったふたりでしたが、結局健一郎は久栄を置いて、自分一人で東京へ行ってしまったようです。


食べる(生きる)ために小説を書くのではなく、小説を書く(生きる)ために食べる小説こそが我が生甲斐!!( `ー´)ノ


と啖呵を切った健一郎も、そんな生活に久栄まで巻き込むことは本意ではなかったのでしょうか。久栄はその後、初恋?を諦めて、みねに貰った万年筆を支えに、勉学にいそしんでいったのでしょうか山本家の跡を継いだのでしょうか?


本来なら、ここだけに焦点を当てても1本の短編が書けるほどの題材を、ほんの数十分で片づけたのですから、物足りなく思えるのは致し方ないことでしょう。


また今回は、懐かしい再会も用意されていました。戊辰戦争の際、登城が遅れたばかりに八重たちとはぐれ、その後は斗南に行ったものの貧しさに耐えかねてついに北海道へ渡ったというユキに、襄とともに北海道を訪れていた八重が逢いに行ったのです


15年前に薩摩出身の開拓使=内藤兼備の妻となり、今ではすっかり良き母親となっていたユキだけれど、その心根はまったく変わっておらず、自分は子供に恵まれず、姪に振り回されているとこぼす八重に、

「母親らしくではなく、八重姉さまらしく

ことにあたれと言ったシーンはじーんとさせられてしまいましたユキちゃん、立派になった~(;O;)。ユキは困難に会うたびに、八重ならどうしただろうと己を鼓舞し続けてきたのだそうです。


そうそう、襄も言っていたように、今、八重には1000人を超す子どもたちがいるのですものね。そんな母親には「八重」でなければなれませんまさにグレートマザーでござる( *´艸`)


その愛しい子供たちのために奔走を続けてきた襄には、もはやあまり時間が残されていないようです。さて襄はその残り少ない命をどう燃やし尽くしたのか~八重の桜は来週の放送が今からとっても待ち遠しいです来週はまた面白くなりそうです♪


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