2017/11
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八重の桜のあらすじと感想はこちらからご覧いただけます: 大河ドラマ・八重の桜 あらすじと感想


大河ドラマ・八重の桜~21話は「敗戦の責任」です。も~これは最初から最後までボロボロ泣けて泣けて仕方がありませんでした八重の桜で大泣きしました


あまりにも悲しかったので、なんとか気持ちを立て直そうとガイドブックを眺めていたら、そこについ先ほど見事に散っていった三郎を演じられた工藤阿須賀さんが、あの工藤公康投手の息子さんだったと記してあったのを初めて知って感激し、そこでようやく立ち直った次第です。この八重の桜が俳優本格デビューだったそうですよ~。これまた別の意味で泣けてしまいましたが感無量でした(;O;)


さて以下、そんな感動いっぱいだったエピソードのあらすじを語らせていただきまする。まず何を置いても心に残ったのはこの三郎の最期についてでしょう。


初めての戦で、敵の放つ銃弾の音にどうしても怯えてしまう三郎に檄を飛ばすのは佐川です。にし(おぬし)も会津の男だべっ!


これで我に返った三郎がその腕にしっかりと縫い込まれた「南天の刺繍」をぎゅっと握ると同時に、大好きな姉=八重の声が聞こえてきました。


よぉ~ぐ狙って撃ちなんしょ!


いつもは優しくて楽しい八重が、鉄砲の訓練の時はうんと強く厳しい声を出して教えてくれたのを思い出した三郎は、その言葉通りにキリリと銃を構え、耳元をかすめる銃弾にも臆することなく、じっと弾の行方を見据えながら引き金を引きます。その姿はまるで八重そっくりで、実に凛々しく勇ましかったですよね。


「命中っ!大丈夫だ!頑張れ、三郎!!


こうして少しずつ場馴れしていった三郎が、後に最前線に出てしまうのです。そこへやってきた大蔵は、ここにいたら犬死してしまいかねないから、後ろへ下がれと命じますが、三郎は聞き入れようとしません。


兄の目のことを聞きやした。山本家の男として兄に代わって働きとうごぜえます!!


姉上も力を貸してくれていると、右ひじの刺繍をポンと叩いた三郎を、大蔵ももうそれ以上引き留めることができません。あの八重が傍についていてくれるなら、奇跡が起きるやもしれぬ~そんな風に思ったのかもしれません。


でもここで、信じられない出来事が起きました。あの憎き岩倉が偽造した錦旗が掲げられたことにより(も~ドラマと言うことは度外視で、小堺岩倉に我が家中で大ブーイングが起こりました福島県民すべてを敵に回したぞっ!!、幕府軍の味方が次々と裏切っていくのですが、三郎のいた前線にも味方だったはずの藤堂藩(津藩)が大砲をぶち込んできたのです。


追い込まれてにっちもさっちもいかなくなった戦場でいたたまれなくなった三郎は、南天の刺繍をしかと握りしめ、文字通り決死の覚悟で雄たけびをあげ、敵陣に突っ込んでいきました。


いくら「帝」に従うとはいえ、ほんの数分前まで「味方」だった相手を掌返しで攻撃してきた藤堂藩に、この三郎の勇姿を見せつけてやりたかったですね~恥を知れ、恥をっ!!人として「ならぬことはならぬ」だろうっ!!


同じ頃、会津にいながらにして、ともにこの三郎と戦っていたかのように描かれていた八重にも異変が起こります。いつもなら決してしない失敗をして、ガラスで指を切ってしまったのです。


「姉様・・・もしかして?


覚馬か三郎に何かあったのかもしれないという不安が胸をよぎった八重なのに、うら、そして何より二人の息子を誰よりも案じているだろう佐久の前ではその言葉を飲み込まざるを得ません。そしてまたうらも、佐久も、そんな八重と同じ気持ちを抱いたけれど、やはり言葉には出さない~ここは皆の心がひしひしと伝わってきて、なんともやり切れないシーンでございました。


一方、弟のように思っていた三郎が撃たれたのを必死で助け出して屯所に駆け込んできた大蔵ですが、もはや意識ももうろうとなった三郎を前にはなすすべもなく、ただただ、その手をひしと握りしめるばかりです。


「兄様(あんつぁま)」


三郎の目には、大蔵が覚馬に見えたのでしょうか。


ああ、ここにいんぞ。よく戦ったな。


兄の声にかすかに頷いた三郎が、その兄と姉を呼んで息絶えたシーンは、涙で目がかすんで画面を見ることができなかったほどです。三郎~っ!三郎~~~っ!!死ぬな~っ! 大蔵の悲痛な声が辺り一面に響き渡りました。


このやりきれない怒りをいったいどこにぶつければよいのか。


その標的となったのが、慶喜に、朝廷への恭順を進言した修理だというのもまた実にやるせない展開でございました。


大阪で錦旗の存在を聞いた慶喜が、最後の一人になっても戦おうと檄を飛ばしていたのを聞いた修理は、ここは一旦江戸にもどり「恭順」の意を示して、体勢を立て直すべきだと申し出たのです。


でも修理は兵を連れて大阪を引き上げるよう忠告したのに、慶喜がここを勝手に伏せて、自分と容保だけで逃げ出すことにしたのです。兵を連れていては降伏を示すことにはならぬと言い、自分は残ると主張した容保には、容保が残れば会津もまた戦うのを止めぬとまたしても「家訓」を持ち出して、これを引き留めたのです。


んも~どんだけ会津は、そして容保は、この「家訓」に苦しめられたのでしょうか。それが会津の「誇り」を支えてきたなんて皮肉すぎる。


慶喜と容保は、当時海軍副総裁だった榎本武揚が乗ってきた軍艦「開陽」を奪って江戸の浜御殿(今の浜離宮)を目指したそうなのですが、その時容保は、先の帝から賜った御宸翰(ごしんかん)を残していったそうです。


容保の出奔を知り、それが容保の本意ではなかったことを悟った修理は、この御宸翰を持って二人の後を追いますが、時すでに遅く、開陽丸は既に出航した後だったのだとか。


この時修理は全て覚悟したのでしょう。容保へと向かうだろう会津藩の不満をすべて自分が受け止めようとなんと潔い人物だったのか


その後は、言い訳もせず、何も語らず、ただ黙って幽閉されていた修理を、何とかして逃がしてやりたいと願う容保の心境もまた察するにあまりあるものでした。自分の名誉を守るため、己を犠牲にしてくれた忠臣に、自ら切腹を命じなければならぬとは。


またその会津勢が江戸へ引き上げた頃、会津の国許ではついに頼母が家老に復職してきました。会津はとうとう「朝敵」の汚名を着せられるところとなり、未曽有の危機を迎えることが明らかになったからです。


賊軍の濡れ衣を着せられて黙って恭順などできぬという者と、一旦は恭順の意を示して様子を見るべきだという者~城下でも真っ二つに意見が分かれる中、山本家および川崎家でも同じように2つの意見が繰り広げられていました。


にし(おぬし)は腰抜けかっ!


会津を賊軍にせぬためにも、ここは一歩引くべきです!!


夫の心を頭では理解できても、会津人としての八重の心は譲ることができません。敗れたままでは、殿がお城から逃げたままでは会津の誇りはどうなりますかっ!?ならぬことはならぬのですっ!!


こうしたすべての人の気持ちを受けとめて、潔く腹を切ってこの世を去った修理がなんとも哀れで泣けました。修理さえそばについていれば、殿が道を誤ることはないと語っていた父の内蔵助、そして、結婚後すぐに別れた夫の身を案じて体が冷え切るまで神仏に願いを捧げていたの心中を思うと、本当にいたたまれない気持ちでいっぱいでした腹を切れば済むことだと言った内蔵助が気の毒でならなかった


文字通り、青天の霹靂そのものの会津追討の命が出され、今また慶喜からは登城まで禁じられるという「トカゲのしっぽ切り」にあった会津は、この後どんな道をたどっていくのか。


おおまかなことは知っていても、人々がどんな思いでその歴史をたどっていったのかを推し量るのに、この「八重の桜」というドラマは、ひとりひとりの心情を実に細やかかつ丁寧に描いているのがなんとも心憎いのです。覚馬も薩摩軍に捕えられ、どんなに歯がゆい思いでいることか。


来週は、三郎の戦死を知った八重が、そのを討つと固く心に誓うようです。見ている方もここからはかなり辛くて文字通りの「正念場」になりそうですが、おばさんもまた、心から彼らを応援すべく、これから先もしっかり見届けていきたいと思います


NHK大河ドラマ「八重の桜」完全ガイドブック (TOKYO NEWS MOOK 328号)
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Comments 4

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高木一優  
トンズラ

慶喜と容保が戦いを放棄してトンズラしてしまう
おそらく日本史の中で最も奇妙なシーンです
小泉慶喜と綾野容保がこの奇妙さを見事に演じていました

このトンズラによって京都や江戸ででの内戦が避けられ、日本は欧米列強の植民地となることなく近代化に成功した、という説もあります

明治維新というのは華々しいですが、こうした犠牲のうえに打ち立てられたものだということを忘れてはいけませんね
会津から維新を描くということは犠牲を描くことになる
来週からはもっと辛い状況になりそうです

2013/05/27 (Mon) 20:19 | EDIT | REPLY |   
高木一優さんへ  
評価はそれぞれですね

高木一優さん、こんにちは~♪
いつも色々ご教示くださいましてありがとうございます!

私の乏しい歴史認識では、
これまでどうにも慶喜という人間が理解できずにおりました。

私の日本史の知識は高校の教科書どまりなのですが(苦笑、
でもその高校時代の教師は、慶喜をわりと高く評価していたのです。
そう、まさに、高木さんがおっしゃるようなことを言っていたのを思い出します。

でもその後、ご他聞にもれず、新撰組に関するドラマや小説を読んだり、
こうしてブログを書いてブロ友さんとの交流を深めていくにつれ、
その方々から、慶喜はとんでもない二枚舌だと聞かされたりして、
ますます分からなくなりました(爆。

何せ、事実を確認できないところが歴史の困ったところでもあり、
またそれが、想像をかきたててやまない点でもありますよね~。

このドラマでは、概ね好印象です。
やったことは憎たらしいけど(笑、前に高木さんもおっしゃってらしたような
「徳川宗家=葵のご紋の誇り」は、小泉慶喜の中に見て取れそうな気がしています。

ここ数年は確かに「華麗なる維新?」のイメージが強かったため、
このドラマの不条理がなんともグサグサと胸に突き刺さりますね~。
特にジモティなので尚更でござる。
こんなに何も知らなかったのか~という恥もあります(;´∀`)。

昨日偶然、会津士魂という本を目にする機会がありました。
これもまた会津目線の歴史小説らしいですが、
いつか読んでみたいな~と思っています。

本当に、しばらくは辛抱の時になりそうですね。
八重の不屈の魂を信じて、私も頑張りたいですv-22。こん

2013/05/28 (Tue) 06:48 | EDIT | REPLY |   
荘子  
No title

新撰組や幕末を知ったのは高校生時代の小説からですが、徳川慶喜については近年まで何も知らないでいました。

そういうわたしの現在の慶喜像は

「情けというものを全く知らない偉大な政治家」

といったところでしょうか。

全ての行いには実に反論の余地すら無い合理的な理由がありますが、部下に死守を命じて自分だけ逃げるなどの行為は人間、それも自分のために死ぬ覚悟ができている人たちをも使い捨てのモノとしか見ていないようです。恐ろしいほどの冷たさと薄情さを感じます。

腰抜けどころか実に英明な人物であり、逆に逃亡と降伏、そして幕府と幕臣たちを捨てるという決断はさぞ高度の政治力から出た結論だったとは思いますが、エリートとして教育され人への思いやりを欠いて育った貴人とはまあこういうものでしょうか。

わたしの理性は彼は正しい!と、感情はこいつ最低!と叫んでますね…

2017/07/29 (Sat) 14:09 | EDIT | REPLY |   
荘子さんへ  
まったく同感です

荘子さん、こんにちは♪

徳川慶喜はまさしくご指摘通りの人物だったと思われます。

かくいう自分も、慶喜については江戸幕府最後の将軍であり、
江戸城を無血開城した人物、ぐらいの認識しかありませんでした。

学生時代はその程度の認識だったため、
江戸幕府を終わらせた功労者ぐらいにしか思っていなかったのです。

が、その後歴史小説やドラマに接する機会が増えて、
慶喜に対する認識がガラリと変わってしまいました。

おっしゃる通り、今ではまさに

「情けというものを全く知らない政治家」

という印象です。
この場合の「政治家」はあまりよろしくない意味です(苦笑。

日本史に果たした功績を思えば「偉大」だったことも事実でしょうが、
まさに「感情」では、そう言いたくありません(;´∀`)。

>わたしの理性は彼は正しい!と、感情はこいつ最低!と叫んでますね

実に言い得て妙な表現ですね~。まったく同感でござりまする。こん

2017/07/29 (Sat) 17:29 | EDIT | REPLY |   

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