2017/10
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佐藤健さん主演の日曜劇場、【天皇の料理番】は8話もまた実に感動的でした。自分自身の内なる欲求と兄との約束に板挟みになった篤蔵の苦悩、そしてそんな彼を見守る新太郎やフランソワーズのジレンマもまた痛いほど伝わってきて、つい自分も真剣に一緒に悩んでしまったおばさんです。以下簡単なネタバレのあらすじです天皇の料理番のあらすじ行きますよ~( `ー´)ノ


篤蔵がパリに来て3年が過ぎ、今やパリは篤蔵にとっての「第二の故郷」となっていました。あれから同棲しているらしいフランソワーズのおかげもあって、言葉にはほとんど不自由することがなくなり~フランソワーズの日本語がそれ以上に流暢になった~、勤務先も、最初のオテル・マジェスティックでの修行を終えた後、当時、宮殿をホテルに改築したことで有名だったオテル・リッツに移ったそうです


厨房の後輩からは

「ムッシュ秋山

と呼ばれてその意見が尊重されるまでになっていたのが、また何とも頼もしかったですね


そのオテル・リッツの厨房では、当時「神」と崇められていた天才シェフ=オーギュスト・エスコフィエ(Georges Auguste Escoffier)がグランドシェフを務めていたそうです。というより、元々このオテル・リッツは、スイスでホテルを経営していたセザール・リッツとこのエスコフィエが作ったホテルなのだそうですよん


料理界の革命家とまで呼ばれていたエスコフィエにはみみっちい「偏見」など縁がなく、相手が東洋人だろうと黄色い猿だろうとお構いなしで、何よりも

「面白く物珍しいインスピレーション

を大切にしていたようなのが、何より篤蔵に幸いしました


ある日篤蔵が鮭を見て閃いた料理を進言した時などは、イメージが湧かないから、実際に作って食べさせろと言ったそうです。残念ながらその日のコースには「調和」しなかったそうですが、エスコフィエはこれにヒントを得て後日、

「鮭のクリビヤック篤蔵風」

を創り上げたというくだりも実に楽しかったオテル・リッツでの活躍ももっと見たかったな~( *´艸`)


最初はピアニッシモから始めて客をリラックスさせ、そのうちにその興味を引き出しながらクレッシェンドしていって、突然のフォルテッシモ!!分かるか、トクゾ料理は音楽なんだ!「La cuisine fait la music」だと正確には「キッチンは音楽を作るところだ」でござる


鮭全体をパイ生地で包んだあのお料理は本当に美味しそうで、実際に食べて見たくなったほどです


一方、その篤蔵には信じられない様な話が舞い込んできます。ちょうど時は1912年で明治天皇が崩御した年でした


当時は「象徴」ではなく「神(あらひとがみ)」だった明治天皇を悼む声が国中に広がっていたその時既に、次期天皇=大正天皇の料理番が審議されていたとは驚きでした。その際、あの宇佐美も意見を求められたらしく、宇佐美はそこで秋山徳蔵を強く推薦したのだそうです


粟野から話を聞かされた篤蔵はもちろん光栄に思いながらも、ようやく馴染んできたパリを離れたくないという気持ちもまた強かったようです。職場での地位も確立されて高給取りになり、市場や近所の人々とも顔なじみになったというのに、それをまた全て捨てて、しかも

「宮中

という、いかにも偏見の塊のような場所で新たなスタートを切ることに躊躇を覚えてしまったのも当然でしょう


そこで、篤蔵にパリを離れてほしくなかった新太郎が言ったこのセリフ、

「天皇の料理番は日本一だが、このままオテル・リッツで修業を積めば世界一になれる

が、篤蔵に絶好の言い訳を与えてしまいます。兄やんも、日本一より世界一を喜ぶに違いない!!


でもその後、その兄やんが夢枕に立つ夢を見た篤蔵は急に不安になってしまいましたもしや兄やんの身に何か!?。ちょうど風邪を引いて寝込んでいた体を押して大使館に駆けつけ、粟野に兄の無事を確認してくれるよう頼み込むとバッタリ倒れてしまいます。


幸いにも周太郎は無事でしたが、粟野は、それは篤蔵の罪悪感の表れに違いないから、ここは思い切って日本に帰るべきだと諭しました。そこで篤蔵も、何よりパリに来れたのは、兄やんの切なる願いが後押ししてくれたことを改めて思い出します


兄やんのためにも帝国一のシェフになる!!それを忘れちゃいかんぜよ


その夢と誓いを叶えるべく、やはり日本に帰国することに決めた篤蔵は、即、フランソワーズにもついてきてほしいと求婚しました


フランソワーズもその時は、その言葉をずっと待っていたと答えたのですが、後に気持ちが変わってしまいます。フランソワーズが歌手になろうと決めたのは、母と約束したからなのだそうですけれど、その夢ももう叶わないと思ったところへのプロポーズには心が動いたものの、その後チャンスがやってきて舞台で歌うことが決まり、いざその興奮を味わってしまうと、もう一度その

「大切な約束」

を破る訳にはいかないと思い直したようなのです。そんな話を聞いてはもはや篤蔵に何も言えるはずがありません


結局はフランソワーズに振られてしまい、再び帰国への決心が鈍ってしまった篤蔵の背中を押してくれたのは新太郎でした。新太郎は未だに1枚も絵が売れぬため、自分は帰国できないけれど、

「天皇陛下のために」

篤蔵を日本に帰すのがその使命だと考えたようなのです。いつかはきっと価値が出るからと、篤蔵のパリでの生活を描いたスケッチを贈ってくれたのにも泣けましたね。フランソワーズはその絵の中にいるだろう?おいらの絵じゃ不満かい?!


こうしてようやく日本に凱旋してきた篤蔵が、まさに得々として周太郎や家族に報告したシーンは楽しかったですね~周太郎がまたしてもやつれてて泣けた


篤蔵が真っ先に駆けつけたのは周太郎の部屋で、篤蔵が天皇の料理番となったと聞いて目を丸くし、感動のあまり抱き付こうとした篤蔵の前でまたしても(うつらぬようにと)扉を閉めた周太郎を見たら、

「ああやっぱり帰ってきて大正解だったよ!篤蔵はイイコトをしたよ!

と思わずにはいられませんでした。もちろん篤蔵が、あの出来の悪い次男坊の大出世に言葉も出ない周蔵に

「俺をパリにやってよかったろ?

と軽口を聞いたのをきっかけに

「俺のおかげだ!分かってるか!

と威張り始めた周蔵にも大笑いでした


ここにフランソワーズが「嫁」としてついて来れたら言うこと無かったのですけどね~。でも彼女ならきっと、あの持ち前の明るさとパワーで「夢」をつかむに違いありませんものね。今でもきっと「ウィー」を「ハイーと言っているに違いありません。


とフランソワーズに関してはその成功とがんばりを信じて疑いませんが、心配なのは俊子です。なんと俊子は今「行方不明」だそうで、どうやら吉原に足を踏み入れたようなのですが?!


いったい何がどうなってそんなことになってしまったのか、気になって仕方ありません天皇の料理番の俊子が心配(;´・ω・)


今後は宮中の料理人たちが、篤蔵の料理の実力などそっちのけであれこれ難癖をつけてきそうなのが憂鬱ですけれど、そんな苛めなどパリ仕込みの素晴らしい音楽=料理で蹴散らしてしまう姿が早く見たいものでござりまする天皇の料理番が楽しみ(^^)/天皇の料理番は続きもとっても楽しみです


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