アテルイ伝 最終回あらすじ 「最後の願い」に感動しました(;O;)

大沢たかおさん主演の歴史ドラマ火怨・北の英雄 アテルイ伝の4話は「最後の願い」です。


あらかじめお断りいたしておきますが、この「アテルイ伝」の最終回とほぼ同時に「BS歴史館」の「不屈の英雄アテルイ 古代東北の底力」を見て大いに感激してしまったため、その内容が多少混ざってしまいました。ドラマはドラマで大変素晴らしかったのだけれど、やはりどうしても最後が「悲劇」となってしまうのは避けようがありません


でも、この不屈の英雄アテルイを見たことで、彼らのが今でもこの東北に脈打っているような興奮を覚え阿弖流為アテルイってそんなに素晴らしい人物だったんだっ!、より一層ドラマが味わい深く思えたため、これらの情報を盛り込んだ方が、きっと

「アテルイもモレも喜ぶに違いない

単純なおばさんはそう勝手に解釈したのでありまする。その点なにとぞご笑納いただけましたら幸甚に存じます。以下そのあらすじです。


日高見川の東の森に一気にその歩を進めてきたヤマト軍。延暦8年と言うと西暦790年ですから、ちょうど平安遷都の4年前というところでしょうか。阿弖流為と母礼の率いる蝦夷軍が、5万のヤマト軍に勝利した記念すべき年です


でもこれも、実は当然ともいえる結果だったという解釈には驚きました。阿弖流為をはじめとする蝦夷たちは、農耕(稲作)を営む傍ら、狩猟採集を行う民族でもあったため、弓矢の扱いには秀でていたことと、当時、東北は名馬の産地であり、全国に馬を供給していたのはほかならぬ、蝦夷の土地だったというのがその理由だそうです


それに引き換え、ヤマト軍は官軍とは名ばかりの、寄せ集めの農民兵だったのだとか。言われてみれば、当時そこまで訓練された軍が存在するはずもありません。たとえ数では劣っても、蝦夷軍には「戦いに関する勘」のようなものが備わっていたようです


そして5年後、ヤマトは再び東北に攻め入りました。今度は以前の倍の10万の大軍を繰り出してきたのです。しかも、日高見川と胆沢川の合流地点には本営まで作られてしまいます。


それに対して阿弖流為たちは、敵を自分たちの「庭」に呼び込むことで勝負しようと打って出ました。日高見の山々が、長年自然と共生してきた蝦夷たちに加勢してくれたのです。入り組んだ地形の奥深くにヤマト軍をおびき寄せ、敵を少人数に絞って初めてそこで奇襲を繰り返す


それはきっと気の遠くなるような長い長い戦いだったことでしょう。何度も何度もこの奇襲を繰り返した蝦夷軍は、10万のヤマト軍をなんとか追い払うことに成功します


が、なんと20年もの長きにわたったこの戦いでは、失うものも大きかったようです。ずっと記憶を失っていた阿佐戸が落雷に遭って記憶を取り戻した際、すっかり変わり果てた故郷を見て愕然としたシーンが象徴的です。


故郷を荒れ果てさせてしまったワを許してくれ。だがお前たちのことは何としてもワが守る!


そして794年、とうとう平安遷都が行われました。それでも唯一屈しない蝦夷を憎悪する桓武天皇。なぜ朕に従わぬ!首魁アテルイの首を取ってまいれっ!


ところが坂上田村麻呂はこの命には従わず、蝦夷を懐柔する策を提案しました。蝦夷は力だけでは組し難い。懐柔策を取りましょう。


阿弖流為や母礼を除く蝦夷の族長たちが次々とヤマトに屈していきます。降伏さえすれば虐殺を免れ、住み慣れた土地は追い出されるものの、他の土地で生き延びることができるからです。


無理矢理彼らを従わせるには及ばない。それこそ、ヤマトのすること


~実はこれも阿弖流為たちの「策」だったのかもしれないという考え方もあるそうです。ヤマトに屈したと見せかけて、出来るだけ多くの蝦夷の命を救うことこそが阿弖流為たちの願いだったのかもしれないと言うのです


故郷の山を見上げながら最後の戦いを決意する阿弖流為。戦が続けば山々は丸坊主になるが、何とかこの地に踏みとどまってヤマトをこれより北にはいかせぬ!


たとえ万策尽きようと、最後の一人になろうともワは戦うも~ほれぼれするよ、アテルイ!


そう言って阿弖流為が出かけたのは、津軽の岩木の下でした。


戦の間、戦わぬ里人たちは一か所に集めて避難させるつもりだが、戦の後もしばらく行くところがない。どうか彼らの面倒を見てやってほしい


自分たちのことは忘れてほしいと「命を捨てる覚悟」の阿弖流為をようやく認める岩木です。これまで役に立てず済まなかった。


蝦夷を制圧しようと「城柵」を作り続けるヤマトに反発する阿弖流為。これが大伴須受との会話の部分に現れています。


ヤマトはワらの故郷に城柵を造り、移民を住まわせ、ワらに出て行けと言う


自分が同じような目に遭ったらどうするかと問う阿弖流為に対し、黙ってヤマトに従うと答える須受。


ヤマトは我の国ぞ。朝廷ぞ


とは何だ?ワらは命あるものを尊び慈しむ。(力づくでしたがわせようとする)国など知らぬ


ここはどうしても付け加えておきたい。当時、阿弖流為をはじめとする蝦夷たちは、独自の素晴らしい文化を形成していたそうです。しかもそれは「蝦夷=東北」に限ったことではなく、北はオホーツクから、西はまで、独自のルートでの交易もしていたそうです。ヤマトと呼ばれる朝廷に、海外からのめずらしい品を届けたのも実はこの蝦夷だったと言う事実を


蝦夷とヤマトとの大きな違いは、ヤマトがピラミッド型の組織を形成したのに対し、蝦夷は「横へ広がる社会」で暮らしていたこと。そこには、絶対的なリーダーも専制君主もいなかった。ただ、世界的な視野を持った「個」が集まり、独自で生計を立てていた(稲作に従事した)部族だった


だからこそ、烏合の衆のヤマトと20年もの長きにわたる戦いを続けてこられた~というのが、BS歴史館での見解でした。実際の資料も残っているそうです。


津軽を目指せ!そしていつか必ずやこの大墓の地に戻ってきてほしい!必ず帰ってきてくれ!!


それがたった一つの阿弖流為の願いだ。


そしていよいよ最後の決戦の時がやってきました。田村麻呂は山々や里、そして彼らの糧だった田に火を放ち、祭祀のために建てられた矛を倒させました。追い詰められた阿弖流為たちは決死の覚悟で最後の戦いに臨みます


先頭の二人は生け捕りにしろ!


生きて蝦夷を束ねる道を選べと説得する田村麻呂に対し、余儀なくされたとはいえ、ヤマトと同じように蝦夷を束ねて戦いに挑んできた半生を振り返る阿弖流為です。


所詮人間など小さい。考えの浅い愚かな者だ。


その翌年、3度の戦いでようやく胆沢を制圧したヤマトがついにかの地に巨大な胆沢城を建設します。蝦夷の地にヤマトの朝廷が君臨する瞬間です


そこへとうとう阿弖流為も自ら降伏してきたそうです。母礼ほか500名の兵を連れてやってきた阿弖流為は、これ以上、山を焼かれるのは忍びない、刀を捨てることで山や森が救われるなら本望だと言いますが、田村麻呂にはこの心が理解できません。


それでも長い間戦ううちに、互いの心の中に紛れもない信頼関係が生まれたこともまた確かなようです。だからこそ、阿弖流為はああして降伏したのだろうし、田村麻呂もまた、桓武天皇に彼らの助命を嘆願したそうです。これは実際の記録にも残っているそうです。


ワらをなぜ憎むのかを知りたい。ワらも同じ人間ぞ


が、蝦夷を人とは思わない天皇に彼らの言葉など届くはずもありません。おばさんが代わって答えるなら、最大権力者であるべき自分に逆らう者が許せず、彼らがまた、自分には思いも寄らぬ文化を形成していることも許せない~何もかも、嫉妬と征服欲にかられた醜い人間の業でしかなかったのだと思います。自分と同等、もしくはより優れた者の良さを受け入れ、自分もまた成長したいと考えただけ、田村麻呂は立派でした


802年8月13日、阿弖流為は河内国植山でついに斬首の刑に処せられました。


そしてその3年後、金がかかると言う理由から、桓武天皇は蝦夷征伐を止めたそうです。


このドラマは、岩手に長年住む女性が、夫の研究対象だった阿弖流為について、東京から来た女医に語ると言う設定なのですが、最後にこの女医が、彼らは胆沢に戻ってきたのかと尋ねるシーンがあるのです。そしてそれは分からないとその女性は答えたのだけれど、その文化が今も残っていると主張するのは、我が家の母です。


青森では「ワ」(私)「ナ」(あなた)って言うわよっ!これはずっと前から叫んでました~vv


なんとな~くあったかい気持ちになれました生きててくれたのかな~って


ドラマもとても面白かったのですが、それだけだと、ちょっと物足りない古代の英雄アテルイの偉大さが十分に伝わらない(自分の知識不足ですが)と思います。それを少しでも解消するために、冒頭にも触れたBS歴史館の「不屈の英雄アテルイ 古代東北の底力」が超お勧めでした。ここにはほんの少ししか書けませんでしたが、これは実に痛快で、う~んと感激しますよ~っこれは何度でも見たい~!2/8(金)午前8時から~BSプレミアムで再放送です。ぜひともご覧くださいませ


火怨 上 北の燿星アテルイ (講談社文庫)火怨 下 北の燿星アテルイ (講談社文庫)

これまでに視聴した日本のドラマの視聴リストはこちらです: 視聴ドラマ一覧~日本ドラマ編

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コメント 4件

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高木一優  
清水寺とアテルイ

たびたびおじゃましまぁーす
アテルイといえば、
京都に旅行したとき、歴史にとても詳しいガイドさんにお世話になり教えてもらいました
清水寺は田村麻呂がアテルイとモレの鎮魂のために創ったのが始まりなのだそうです。清水寺のなかにアテルイとモレの鎮魂碑がありました
これがきっかけでこのドラマの原作を読んで感動しました
大河ドラマになるような小説を4回のドラマにまとめたため、ちょっと不満もありますがアテルイの世界を映像でみられて満足です
この続編というべき話が大河ドラマにもなった「炎立つ」で私のお気に入りの作品です。「炎立つ」の冒頭でアテルイを演じていたのが里見浩太郎さんでした

2013/04/03 (Wed) 17:37 | 編集 | 返信 |   
高木一優さんへ(追伸有)  
そうだったのですか!( ゚Д゚)

高木一優さん、こんにちは~♪
いつでも大歓迎です~。ありがとうございます~!v-22

清水寺にそんないわれがあったとは~それは感動的ですね~。
私は、このアテルイと言う存在すら知らなかったので、
このドラマとBS歴史観を見て
(ちと大げさに言うと)体中の血が逆流するような感動を覚えました。

本当にこれは大河のテーマで充分行けますよね~。
たとえ1年は無理でも、
以前の「坂の上の雲」のように年末だけの放送でもよかったですのにね~。

「炎立つ」という作品には見覚えがあります~。
ドラマは見ていませんが、その小説のタイトルはよく目にしていました。
へ~あれはアテルイが登場する物語だったのですね!?( ゚Д゚)

これは是非、読んでみなくてはなりませんね。

またしても貴重な情報をありがとうございました~v-300。こん

p.s. 我が家では父が大河好きなので、もしや~と思って探したら、
やはり書棚にありました~炎立つ全5巻!見たことあるわけです(笑。
いや~地震の後捨てないでよかった~暇を見つけて読んでみますね~!

2013/04/04 (Thu) 07:12 | 編集 | 返信 |   
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2019/03/07 (Thu) 17:25 | 編集 | 返信 |   
こん
牧野老さんへ  
面白い情報をありがとうございます🍀

牧野老さん、お返事が遅れて申し訳ありません。

ほぉ~そうだったのですか。
その時代は本当に興味深いですよね♪。

貴重な情報をありがとうございました(^^)/。こん

2019/03/10 (Sun) 15:22 | 編集 | 返信 |   

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