この世界の片隅に 最終回 あらすじと感想 歴史に学ぶ賢者たらん

松本穂香さん主演の日曜劇場、【この世界の片隅に】もついに最終回を迎えました


う~ん、できればあと1話、せめてもう少し拡大していただいたら良かったのにと思わずにいられませんが、それでもこのドラマの素晴らしさは十二分に味わうことができました。こうした良質な作品にもっともっと触れて感動をもらい、経験はしていなくても歴史に学んで賢く強く生きていきたいものですNo more 原爆!No more 戦争!


以下ネタバレのあらすじですこの世界の片隅に、最終回のネタバレ感想行きますよ~(^^)/


まずは何と言っても衝撃的だったのはラストシーンです。なんとなんとすずは現在もまだ生きていたようなのです!?


真っ白な髪で、広島復興の象徴だといわれている「広島カープ」の真っ赤なユニフォームに身を包んだ高齢の女性が、その専用球場で檄を飛ばしていた姿には大いに勇気づけられました。おばさんは福島県民なのですが、あの震災の後、広島の方のお話に何度励まされたか知れやしませんすずが元気で長生きしてくれてよかった( *´艸`)


すずは野球シーズンにはいつもああして球場に足を運んでいるのだそうです。佳代と浩輔をそこに案内してくれたのは節子です。


その節子はすずの実子ではなく養子だったことも明らかにされました。すずと周作が広島を訪れた際、原爆で母を失ってひとりぼっちでいた節子(浅田芭路~クレラップのおかっぱちゃん)と出会ったのだそうです


節子の母は体中べろべろになって亡くなったそうです。おそらくは節子を庇ったのでしょうか、すずと同じように右手も失っていました。


節子は、駅で出会っておにぎりを分けてくれた優しいすずの右手も無かったのを見て、その腕にピッタリ寄り添ってきたのだそうです。失った右手が節子を呼び寄せてくれたのですねよくぞ生きていてくれたと節子に感謝するすず


ふたりは多くを語ることなく節子を呉に連れ帰ることにしました。晴美と同じ年頃の節子を見た径子の心境やいかばかりだったでしょうかかわいい盛りの女の子です(´;ω;`)。径子は早速晴美の洋服を取り出して節子の体にあてました


呉では食糧難のために、サンもすずも、そして径子も皆、大切に取っておいた着物や洋服を洗いざらい物々交換に出しました。でも径子はどうしても晴美の服だけは手放すことができなかったのです


北條家では、ふと気づけば虱だらけの節子を風呂にいれようと皆で大騒ぎでしたシラミが移って痒くてたまらん!(;´Д`)。多分、もっと余裕があればあそこでお風呂に入ってサッパリとした節子に、あの真っ赤なお洋服を着せてあげたに違いない、とついつい妄想が膨らみますあのまま着せたら虱だらけになっちまう(;´Д`)


辛い悲しみを耐えてきた彼らに与えられた思いがけない天からのご褒美に胸が熱くなりました


すずが節子と出会うまでの様子も、限られた時間を最大限タップリ使って丁寧に描かれています


すずは天国の要一にこうこぼしていました。戦時中も物がなかったけれど、戦争が終わった今の方がずっとひどい。配給も以前よりずっと減ってしまった


町は、アメリカ兵からお菓子(チョコレート)をもらおうとする子どもたちや、家族のために盗みを働く者で溢れていました。その一方で進駐軍の残飯を集めて煮込んだという、一見不気味ではあっても味はビックリするほど美味しいシチュー(もどき)に人々が列を作っています


その可愛らしい見た目から少女に間違えられたすずもチョコレートをもらいました。それは帰宅後、晴美の仏壇に供えられたそうです。


呉の人々は少しでも食糧を手に入れようと、皆で持ち寄った着物をまとめて物々交換に出かけたそうです。今やすっかり熱々夫婦の幸子と成瀬が代表して交渉に当たりましたが、思ったほどの収穫は得られなかったのだとか


そうそう、ウチの母もよく教えてくれましたっけ。皆がこぞって着物を持って農家に食糧をもらいに出かけたため、農家にはうなるほど上等な着物が集まって、もはや着物などまったく重宝がられなかったのだそうです。唯一ありがたがられたのは「子ども服」だったそうで、母の一張羅もお米に代えられてしまったと、事あるごとに思い出しては悔しがっておりましたね、お母さん


おそらくは朝から出かけて夕方までかかったのでしょうか。ふたりが戻ってきた、まだ夕暮れには早いんだけど少し日が陰ってきた頃の空がまた実に美しかったのが印象的です


それでもなんとか入手したわずかばかりの食糧と「海水」を使って、その日北條家では思い切り贅沢をしたそうです。径子が塩の効いたものが食べたいのだと海水をたくさん入れて作った汁物は、しょっぱくて美味しかったそうです。当時はずっと調味料が無くて薄味のものばかり食べていたのですね。


またほとんどその生存を諦めかけていた愛しい人たちも戻ってきました。志野の夫の春夫に、なんとなんと水原もです!?


久夫の帰還は皆が大喜びで迎えましたが、水原はがゆうゆうと歩いていた海辺をたった一人で笑顔で歩いていました。キラキラと輝く水面に水原の豪快な笑顔が映えて実に美しかった


そして北條家にはすずの祖母のイトから手紙が届きました。すずが封を切れないのでサンに頼んで開けてもらうと、母のキセノは行方不明、すみは寝たきりになり、(たぶん)そして父の十郎は亡くなったと記されていたそうです。


家族は皆、泣くこともできずにいたすずを思いやりました。すずが帰りたくても言い出せずにいたところ、円太郎の勘違いから、すずの帰省が実現します。本当にええんですか!?


すずは草津へ直行し、祖母と互いの無事を喜び合いました。原爆投下以来、父とともに母を捜し、そのすぐ後に倒れて亡くなった父もひとりで見送ったすみは、ひどいめまいに苦しんで寝たきりの生活を送っています


すずは、たったひとりで大変だった、もっと早く来れずに苦労を掛けてごめんねと謝りました。すみは、早く来れなくてよかったのだと答えます。すずが早く広島に来ていたら、自分と同じように苦しむことになったというのです。すみは原爆が原因の白血病を患っていたようです。


すみは腕にできたひどいシミを見せながら、治るんかなあと嘆きました。すみの横に寝転がっていたすずはきっと治ると励まします。治らんかったらおかしいよ。(すみちゃんは何も悪いことなどしとらんのに


すみがすずを呼ぶ「おねえちゃん」という言葉の響きが何とも切なくて胸が痛くなりましたすみが可哀想だった(/_;)


翌日、また会いに来るからと言って家を出たすずにイトが胸の内を明かします。


悔しいてたまらん。負けたんも悔しいし、自分ばっかり無事だったことも悔しい。キセノのことも、何にも考えんでおった自分のこともそうならないようにしなくちゃね( `ー´)ノ


それでもイトは生きると断言しました。できることはそれだけだ。負けんさんな


すずもまたすみに左手で漫画を描いて贈ったそうです。いっぱい食べて、負けるなすみちゃん!すみちゃん最強!( `ー´)ノ


すずと入れ違いに、ようやく呉に戻ってきた周作が現れました。せっかくすずに会えると一目散に帰ってきたのにすずが帰省したと聞かされた周作はすぐに後を追いかけてきたのです


周作は北條家の男は間が悪いのだと笑い、それでもすみに直接会って滋養の付く物を渡したかったから、と言って缶詰を差し出しました。早くすずを追いかけるよう急かすふたりに頷いて、草津を後にします。


その頃すずは、周作と初めて出会った原爆ドームの前に座り込んでいました。その変わり果てた姿に呆然としていたすずに、色々な人が身内と間違えて声を掛けていきます。いったいどれだけの人がこの戦争で愛しい人を亡くしたことか決して忘れてはならんのだす(/_;)


そこへ周作がやってきます。周作は、どこにいてもすずを見つける自信があるのだと語りました


この世界の片隅にうちを見つけてくれてありがとう。もう離れんで。ずっとそばにおってください。


周作はすずと一緒に草津で暮らすことも考えたのだそうですが、すずは、自分は呉の北条すずだから心配はいらないと答えました。その後節子と出会ったふたりは一緒に呉に帰り、節子を養女にしたのだそうです


こうして呉にもようやく日常が戻りました。径子は久夫が送ってきた写真を眺めてはええ男じゃと満足そうな笑みを浮かべ、サンを初めとする奥様方は、嫁や婿の文句を楽しそうに言い合っています。タキは成瀬の気の利かなさにイライラ*3しており、美津は、志野の隠された計算高さが不満なのだとか


サンは、最初こそうちの嫁は良い嫁だと言っていましたが、皆に催促されると何かをこぼしたようです。ほ~やろ~みんな同じじゃ堂本のおじいちゃんはいつものように黙って横で聞いていました


最後は、冒頭で触れた現在のすずさんがカープに送る声援に重ねて、過去のすずと節子を抱いた周作が、呉湾を臨むあの小高い丘の上から広島にエールを送るシーンで締めくくられましたまたきれいな景色でした


広島っ!!負けんさんなー!!


原爆投下という悲劇を乗り越えてきた広島の方々ならきっと、今回の豪雨災害の被害からも立ち直られることでしょう。


さまざまなメッセージが込められた本当に素晴らしいドラマでしたね。今回ご覧になれなかった方も、もしまた機会がありましたら是非お勧めしたい作品です



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