2019/01
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ベトナムのひかり~ボクが無償医療を始めた理由~あらすじと感想

濱田岳さん主演のスペシャルドラマ、「ベトナムのひかり~ボクが無償医療を始めた理由~」を視聴しました。実際にベトナムで15年以上も無償医療を続けているという眼科医、服部匡志医師がモデルだそうで、本当に素晴らしい方がいらっしゃるものだと心から感動いたしましたベトナムのひかり~は素晴らしいドラマでした(^^)/。濱田さんの熱演もまた素晴らしくて、ドラマとしての見ごたえも十分でした


以下ネタバレのあらすじですネタバレ感想行きますよ~( `ー´)ノ


羽鳥志郎(濱田岳~徳川家康@信長協奏曲)は日本で屈指の網膜硝子体の専門医で、世界的にも高く評価されていました。網膜硝子体は目の中では最も手術の難しい重要なパーツだそうで、この網膜がを感知できなくなると、人間の目は物を捉えることができなくなるのだそうです。


たとえ視力は劣っていても、物体を認識することができれば歩くことができる=何とか生活することができる~志郎はひとりでも多くの患者にその「光」を取り戻したいと学会でも力説していました光を失いつつある人々がベトナムには大勢いるそうです(;´Д`)


そこへひとりのベトナム人が現れます。彼はグェン(レ・クォン)と言い、ベトナムで眼科医院の院長をしているそうで、志郎に助けてほしいと訴えてきました。ベトナムには眼科医が少ないため、貧しい人々は医者にかかれぬまま失明を余儀なくされているのだそうです


その話を聞いた志郎は早速ボランティアに出かけることにしました。3カ月休みが欲しいと申し出たらクビだと言われたので、自分から辞めてやったそうです。俺は腕が良いから、戻ってきても働き口はすぐに見つかる


志郎が独り者ならまだ話は分かりますが、彼には妻=結衣(国仲涼子~杉村菜穂子@杉村三郎シリーズ)がいました。結衣は自宅でピアノを教えているので収入が無くなる訳ではありませんが、いきなり夫がベトナムへ、しかも3カ月もボランティアに行くと言い出して驚かぬ妻はおらんでしょう


志郎の母の和子(キムラ緑子~和枝@ごちそうさん)は、そんなとこは亡き夫の慈夫(生瀬勝久~矢部謙三@警部補矢部謙三)にそっくりだと呆れながら、結衣の味方をしてくれました。慈夫は生前市役所に勤めていた際、年中休みを取らずに誰かのために働いていたそうです


ふたりに真っ向から反対された志郎は、3ヶ月経って帰国したら防音設備のしっかりしたマイホームを買おうと言い出しました。それは結衣の願いだったらしく、和子は破ったら離婚だ!と念を押します


これで結衣は渋々志郎を送り出しました。


ベトナムのフエという古都に着いた志郎は早速グェンの病院へ向かいました。スタッフのほとんどは簡単な英語すら話せないため、志郎は四苦八苦です


習慣の違いも志郎を戸惑わせました。この病院は朝7時に診療を開始した後、たとえどんなに患者が残っていようと12時きっかりには昼休みを取り、午後の診察は2時から、しかも4時には帰宅してしまうのだそうです。


また医療器材も皆古いものばかりで、志郎は本当に大丈夫なのかと不安になりました。白内障は何とかなる。でも網膜の手術はどうする?


その上、食べ物も口に合わず、水で腹板を起こす始末~慣れない土地の生水は飲んじゃいけませんね


それでも志郎は1日50人を診察していたそうです。その50人もほとんどが重症で手術が必要でした。皆金銭的余裕が無いためギリギリまで我慢して、どうしようもなくなってから病院に来るからです。


でも負けへんで。頑張ったら思いは通じる!よっしゃ、ネバーギブアップや!負けるもんか( `ー´)ノ


そう思う側から停電ですオペ中の停電は最悪でした


気持ちが先走ってつい皆を叱っていた志郎に、ティエン(レ・チ・ナ)という看護師が助言をします。ティエンは以前日本人の留学生と交際していたそうで、日本語を話せるそうなのです


ベトナム人は皆のいるところで怒られたり注意されたりすることを嫌う。でも褒めればとても喜んで頑張ろうとする


時間通りに帰宅するのも、家族を大切に思うからなのだそうです。


志郎はティエンからベトナム語を習い、何とか皆に熱意を伝えようと頑張りました。患者も自分の家族だと思って治療に当たってほしい!これが志郎の基本方針です( `ー´)ノ


その後ミン・リー(ラム・クィン)という白内障の少女が病院にやってきました。志郎はミンを診察して早速オペをしようとしますが、唯一英語のできる医師=サン(ビン・アン)が少女の祖母に治療費の事を話したことから、そんなに高額な費用は払えないとすぐに帰ってしまったそうです


そういう人らのために俺が呼ばれたんちゃうんか!


志郎は手術代の立替も辞さない覚悟でいたらしいのに


次にやってきたやはり貧しい少年=ハイ(ティエン・ゴー)は、左目はほぼ失明していましたが、右目には治療の余地がある、と志郎は確信しました


でもそのためには機器が足りない~志郎は一旦日本に戻って手術に必要な医療機器を集めることにします。が、メーカーもクリニックも一台も融通してくれなかったため、せめて内視鏡だけでも手に入れなければと、自分の車を売ってその資金を捻出しました


が、そこまでして臨んだ手術を、サンが「人体実験」呼ばわりします。何でも、本来は手術が済んだら抜かなければならない液体をそのまま体内に残したことがサンの疑念を生んだらしい。


ドクター羽鳥はベトナム人を馬鹿にしている!ベトナム人を練習台にしている!!ハトリの手術を禁じてください!


志郎は腹の底から湧いてくる怒りを抑えられませんでした。たとえ俺の子やったとしても俺は同じことをした!


そして2週間後、ハイに「光」が戻りました。ハイを囲んで喜ぶ人々の中にはサンの姿もあります


こうして3カ月は瞬く間に過ぎました。志郎が帰国すると結衣はすぐに志郎を連れてマイホームの展示場を見に出かけます


楽しそうに内見する結衣に、志郎は3カ月では全然足りなかったと打ち明けました


まだまだ手術せなあかん人らがぎょうさんいて、俺やなかったらできん手術もあって、今せんと失明する人が大勢いる


しかもベトナムに持っていった内視鏡が停電で壊れてしまったというのです。つまりは、ベトナムに戻る時に新しい内視鏡を買って持っていきたいということらしい


マイホームの頭金があったら何とかなるんだけど


結衣はブチ切れて和子に訴えに行きました


結衣から話を聞いた和子は、志郎の父の慈夫の話を聞かせてくれます。朝から晩まで働いて、休みの日もボランティアの炊き出しにいくような人やった。


そんな慈夫をある時志郎が怒鳴りつけたことがあったそうです。人助けばっかりして何が楽しいんや!正月ぐらい、うちにおられへんのんか!


すると慈夫はこう答えたそうです。お父ちゃんが行かな、ほかにこれする人おらへんねや


和子は、志郎は父親以上のアホだから離婚してくれて構わないと結衣に謝りました。


結衣が帰宅すると、志郎はハイの写真を見せながら説明します。こういう子らがぎょうさんいてる。俺が手術せなあかん患者さんがまだベトナムには大勢いるんや


ずるいよ!こんな写真見せるなんて!!


結衣の気持ちも分かりますが、いざ失明に怯えるたくさんの子どもたちを目の当たりにしてきた志郎にしてみれば、自分達がいかに恵まれているか、その金を少しでもあの子たちのために使いたいと思うのは致し方ありません


結衣はそんな志郎が選んだ女性だけのことはありました。結衣は朝早くに出かけてマイホームの頭金に取っておいた貯金を下ろしてきてくれたのです。その代わりあなたも節約してね


この素晴らしい結衣の理解のおかげで、志郎は再びベトナムへ向かいました。それからというもの、志郎は日本とベトナムを行ったり来たりするようになったそうです。月の半分は日本でフリーの眼科医として全国を飛び回り、夫婦二人三脚で渡航資金を貯めてはベトナムへ行く。その時は、日本で使わなくなった医療器材をもらい受けてせっせと現地に運んだそうです


その上志郎はベトナムにいる間も、週末を利用して地方に出張することを決意します。ずっと前からやりたかったんや


今や一番の理解者となったサンに志郎は、無意識に、亡き父慈夫が語ったのと同じ言葉をかけたそうです


人は人を助けるようにできてんねや。


そんなこと、絶対に分かってたまるか、志郎はそう思っていたそうなのですが


その後、以前逃げ帰ってしまったミンが再び志郎の前に現れました。全てはこの子から始まったんや戻ってきてくれてありがとう!


ミンの目の状態は予想以上に悪く、志郎の指はあまりにも困難で地道なオペのために固まってしまうほどでしたが、雷で停電するという最悪な状況の中、志郎たちはなんとか手術を終え、ミンにも光を取り戻しました


それから10年、志郎は今も同じ生活を続けているそうです


まさに現代の赤ひげ~服部匡志医師には是非末永くこの素晴らしい活動を続けていただきたいものです



人間は、人を助けるようにできている


これまでに視聴した日本のドラマの視聴リストはこちらです: 視聴ドラマ一覧~日本ドラマ編

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