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大秦帝国-QIN EMPIRE- ネタバレと感想 17〜21話 改革始まる

BS日テレで放送中の【大秦帝国-QIN EMPIRE-】もようやく21話まで見終わりました。いや〜ついに始まりましたね😍!でも、おばさんにしては珍しく、結末を知ってしまっている(史実だから仕方ない💦)ので、ことあるごとに「あ〜😭」と思ってしまうのがなんとも胸が痛くてなりませぬ。

また挿入歌が相変わらず素晴らしくてうっとり聞き惚れてしまいまするね。まるでオペラのようですよ。日本でもこういう豪華なドラマ作ってくれんかしらね。いや、本当に素晴らしい👍。

前置きはこれぐらいにして、以下あっさり1週間分のネタバレです大秦帝国のネタバレ感想いきますよ〜( `ー´)ノ

富国強兵

衛鞅が提案した改革案をよりスムーズに進めるため、渠梁はまず兄・虔の協力を得ることにしました。衛鞅の改革が貴族の反対を受けることは火を見るよりも明らかなため、まずは王族(兄弟)の結束を固めておくことが肝要だと考えたのです。

虔が協力を誓うと、渠梁は早速改革を宣言します。求賢令で集まった書生たちにはそれぞれ職位を与えましたが、衛鞅には(わざと)職位を与えず「客卿」(客人待遇の大臣)扱いしました。衛鞅は屋敷を与えられ、冬の間そこにこもって改革案を練り上げます。また古くからの家臣に対する人事も、昇格&降格して、一新させました。

初春の朝議では、衛鞅が作成した改革案を発表しました。もちろん既得権を奪われると察した旧臣たちは猛反対です。

国恥と改革

これを抑えたのは渠梁です。渠梁は「国恥」という石碑をつくらせており、どうやらその文字を己の血でなぞったらしいのですよね😨。さすがの家臣たちもこれには度肝を抜かれ、大人しく従うしかありません。

改革を誓う家臣たちの前で、渠梁は衛鞅を「左庶長」に任命しました。そして、何人であっても改革を邪魔する者は厳罰に処すと言い渡します。景監は領長として、そして車英は執法都尉として、衛鞅の下で働くことになりました。

衛鞅がまず掲げたのは5項目:農耕奨励、軍功叙爵、什伍の連座(いわゆる隣組制度)、旅客検問、私闘禁止。

家臣=貴族たちはもちろんのこと、恩恵を被るはずの民も、最初はまったく信じてくれませんでした。それで衛鞅は、重い材木を運んだら賞金を与えると約束し、その約束を実行します。民たちはようやく衛鞅を信じ始めました。

抵抗勢力

一方の貴族では、特に郿県(びけん)の3氏と呼ばれる孟氏、西氏、白氏と呼ばれる勢力が徒党を組んである謀略をめぐらします。秦では日常茶飯事の「私闘」を誘発することにしたのです👿。

私闘の果てに

夏の田植えの時期には、政府から川で水を汲む日程が発表されるのだそうです。これまでは常に貴族が優先されていました。3氏はここでこの水を独占することにし、下流に住む戎狄(移民≒秦人)を怒らせて大規模な「私闘」を起こさせます。

これが思わぬ事態を引き起こしました。百里渠(堰)が決壊して大洪水が発生するという大惨事となったのです。現地は見渡す限り遺体の山と化しました。衛鞅はすぐに現地に飛び、その衛鞅の命を受けて駆けつけて来た景監は渠梁に、これが単なる事故ではない=裏に何かあると報告します。渠梁は、とりあえずは事態の収集が急務だと伝えた上で、太后と妹の熒玉に背後の調査を依頼しました。熒玉は早速3氏の謀略を突き止めて来て衛鞅に知らせに行きますが、衛鞅は、伝聞は証拠にならぬと跳ねつけます💦。

この首謀者3名は衛鞅に探りを入れにやって来たところ(土地の有力者だというのに)ちいとも優遇されなかったのに腹を立てて突っかかって来たことから、いわゆる「公務執行妨害」の罪で3日間の労役刑に処せられました

その後衛鞅はついに本領を発揮します。「私闘禁止」に反した者すべてを処刑することにしたのです。その数なんと700名😱!中には「国恥」を彫ってくれた石工の白駝もいたため、渠梁はなんとか彼だけは助けたかったのですが、衛鞅は譲歩しませんでした。法の前に例外があってはならぬ。それでは法治ではなく人智となり、改革は決して進まない。悪を公正に裁いてこそ、民への愛となるのだから

3日3晩かけた説得に、渠梁はようやく納得してくれました。

衛鞅の配慮

結果だけ見れば、衛鞅のしたことは冷徹無慈悲に思えるけれど、彼は、本当に分かってほしい人には、ちゃんと最初に言葉(誠意)を尽くして理解を求めているのですよね🌹。ほかにも2点ほど挙げておきますね。

白駝に

衛鞅はあらかじめ白駝に会いに行き、彼が抱いている怒りは何に対してなのか〜外敵なのかそれとも秦人なのか〜を本人に確認させました。何せ、いくら渠梁の頼みとはいえ「国恥」などという石碑を彫ったくらいの人物なのですからね👍。彼は、息子と娘を戦で失ったと語りました。妻はそれを嘆きながら亡くなったそうです。だから憎いのは外敵に決まっているではないか?😤

衛鞅は、それなのに私闘などに参加して老いた体を疲れさせているのか、血気を燃やす暇があるのか、と問いかけます。白駝はこの私闘で6人の戎狄を殺したそうです。白駝は、私闘の愚かさに気づきました😨。互いが憎しみ合って平和を乱すだけではないか?衛鞅は、私闘に参加した者は斬首刑になるが、無念ではないかと尋ねました。白駝が答えに困っていると「国恥を注ぐにはまず私闘を無くさねばならない」と諭して立ち去ります。

白駝はちゃんとこの言葉を理解しました。処刑場で他の罪人たちが衛鞅を罵っているのを聞いた白駝は「私怨より国の恨みを晴らせ。私闘を恥じて、国の戦で手柄を立てよ!」そう叫んで、自ら頭を杭に打ちつけて自害したのです。処刑場に来ていたすべての人々が感動し、白駝の言葉を繰り返しました。私闘は罪!国の戦で手柄を立てよ!衛鞅はこれを「罪を悔いた」と解釈し、罪人の処刑後、その遺体を引き取ることを許可しました。

処刑の前に抗議に来た人々に

衛鞅は、この処刑を実行する前に、渠梁の理解を得ようと外出したため、戎狄の民たちは皆、衛鞅が逃げたのだと誤解しました。役所に詰めかけて抗議していたところに、ようやく衛鞅が戻って来ます。そこで衛鞅は、処刑は必ず実行するし、そこに冤罪や不公平がないよう全力を尽くすと約束しました。もし何かあれば自分が全責任を取って処罰を受ける、と公言します。

それを皆が監視できるように、衛鞅は処刑後3日間この地に留まると誓いました。しかも郿県令の趙亢は、私闘を防ごうとしなかったことを罪に問われて半年間無給を言い渡されます。職位は留任となり、経過観察となりました。要するに「イエローカード」となったわけですが、それが本当に何を意味するのか、理解している人間はまだほとんどおりません😁。

実は誰よりも心を痛めていた

衛鞅は、この処刑を行うにあたり、全身全霊を捧げていたことが偲ばれます。処刑から3日の後、彼は(おそらく)渠梁が郿県にやってきたとの報告を受けて駆けつけると、誰も抗議には来なかったと主君に伝えようとしました。が、あまりにも緊張していたためか、その場で後ろに倒れ込んで転げ落ちてしまいます😱。慌てて渠梁が駆け寄って抱き上げると、秦人なら必ずや改革を成し遂げる、と報告しました。白駝は最後、大義を叫んで皆に過ちを悟らせました!😭

渠梁は衛鞅を「友」とも「兄弟」とも呼び、頑なに臣下の距離を取ろうとする衛鞅をひしと抱きしめました🌹。衛鞅は涙が止まりません。

第二の新法

衛鞅と渠梁は改革への誓いを新たにし、次なる「新法」を発布しました。今度は、新田法、新国人法、新領土法の3つです。ここには「奴隷制の廃止」も含まれていたため、抵抗はますます激しくなりました

目立っていたのは、これまた郿県の百氏です。ここは問題だらけの地域だったのですね〜。だから渠梁は衛鞅を遣わしたのかしらね👎。百氏も(たぶん)特に貴族というわけじゃなくて農民なのだけれど、耕していた農地が公室だったという「虎の威を借る狐」そのものでした。その虎が「太子」らしいのだけれど、渠梁の息子の嬴駟ではありませんよね🤨?もしそうだとすると改革反対派になっちまう😓。

太子の後押しを受けた百氏の族長の百龍は、解放奴隷への耕地分与を徹底的に拒否しました。もちろん元奴隷たちも黙っていません。やっぱり役所の言うことなど信じられん!!💢

衛鞅は粛々と法に則って百龍を逮捕しました。郿県令の趙亢は、衛鞅では融通が効かないと優しい渠梁に直談判にやって来ますが、渠梁はまったく相手にしませんすべては衛鞅に任せてある。結局は趙亢も逮捕され、百龍たちとともに処刑されてしまいました💦。

ここに来て衛鞅は、ようやく、本来は国家に忠実な秦人が、これほど頑なに&何度も法に逆らうはずはないと気づいたようです😏。

大秦帝国[レンタル落ち](全5巻)
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