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大秦帝国-QIN EMPIRE- ネタバレと感想 22〜26話 過酷すぎる改革

BS日テレで放送中の【大秦帝国-QIN EMPIRE-】も22話から26話まで見終わりました。もう週一でまとめて見るのが習慣になっちまった感じですみません💦。でも毎日続きを気にしてヤキモキするより、一気に見た方がいい、っちゃいい気もしますが😁。以下ネタバレです大秦帝国のネタバレ感想いきますよ〜( `ー´)ノ

墨家との攻防

白雪が秦へやってきました。衛鞅は、数年後に改革が落ち着いたら一緒になろうと語りますが、白雪はそんなに待てないと答えます。ふたりは共白髪を誓い合いました💜。

また以前から、侯嬴(こうえい)という旅館の主人が登場しており、まるで兄のように、何くれとなく衛鞅の面倒を見ていました。彼は白雪の仲間(白氏の部下)なのです。今回はこのふたりが、衛鞅や渠梁を助けるべく、表舞台で活躍しました

きっかけは「墨家」による襲撃です。まずは、衛鞅の護衛をしていた口の不自由な荊南(けいなん)が失踪しました。彼がいたはずの場所に、衛鞅に剣を向ける男どもの絵が落ちています。白雪と侯嬴は、早速その絵を書いた者の素性を調べることにしました。

そしてその夜、今度は衛鞅が襲われます。その直後、別の「黒づくめの集団」が現れて最初の集団を撃退しました。この黒づくめのひとりが侯嬴だったことは覆面の目から見ても明らかです。最初の集団は「墨家」と呼ばれる思想家集団であり、侯嬴たちは墨家のアジトにやってきて火を放ちました。

墨家の集団のリーダーらしき坊主頭の男は(以前から登場していて、おばさんは勝手に移民だと思い込んでいたのですが💦)鄧陵子(とうりょうし)という人物だそうです。彼は墨家の代表として渠梁や衛鞅の改革を探っていたのだそうです。

衛鞅もすばやくこれを察しますが、そうとは言わず「余計なことをしてくれた」と仄めかしました。衛鞅は、墨家は改革を「誤解」しているだけだから、本来はその誤解を解かねばならぬのに、結果的には武力で応じたことになってしまったからです。侯嬴も(秘密の行動のため)口には出せませんでしたが、大いに反省していました。

その頃、視察に出かけていた渠梁もまたこの墨家に襲われました。こちらは、これを察した衛鞅が車英を差し向けていたため事なきを得ます。渠梁は自ら、彼らの誤解を解きに出かけることにしました。

これを助けてくれたのが、以前出会った百里遥の孫の玄奇です。玄奇は、墨子の最後の弟子だったそうですが、渠梁の改革に理解を示し、墨家のやり方に不満を抱いていました。渠梁はこの玄奇の案内でもって、一般人は入れない墨家の本拠地である神農山にやってきます。そこにも鄧陵子がいて、早速勝負を挑んできました。

一方で玄奇は、墨家の第2代総帥(=鉅子)である禽滑釐を説得しようとしますが、なかなか分かってもらえません。それどころか玄奇もまた拘束されてしまいました😨。これを救ったのが、玄奇の祖父の百里遥です。彼は白雪と侯贏を伴って現れました。百里遥は禽滑釐の友人なのだそうです。

彼の力添えもあり、ようやく誤解が解けました。ここで渠梁が例の700名を超える処刑について説明したくだりには、おばさんも大いに納得させられました。秦では、いつも私闘のために1万人以上の死者を出しているのだそうです。それを防ぐための700名は、決して多いとは言えない

法の平等

渠梁が命懸けで墨家を説得している間、衛鞅もまた辛い決断を迫られていました。なんと、あのバカ太子(嬴駟でした😔)は、どうやら、何者か(甘龍の取り巻きもしくは杜摯、もしくは太子の土地を奪われた郿県の3氏か🤨)の計略に引っかかり、自分の領土である白村の小作の民たちを三十四人も惨殺してしまったのです😱。理由は、納められた小麦に砂が混じっていたからですが、領民たちの仕業であるはずがありません。怒った領民たちは、殺された仲間のために喪服を着用し、秦を出て行くことにしました。もうこんなところにはいられないっ!!😤

これが何を意味するのか、賢い太后はすぐに理解しました。単純な虔は、兵を率いて鎮圧に駆けつけますが、太后もその後を追いかけます。兵を動かせるのは虔ではなく衛鞅だからです。でも虔は「書生ごときに任せられぬ」といきり立ちました。太后は息子を叱りつけます。今すぐ衛鞅に謝罪に行け!!虔は、名目上、問題を起こした嬴駟の教育係なのです。

嬴駟は自ら太后のもとに来ていたので、熒玉がこれを捕縛して、衛鞅の元へ連れて行きました。太后は熒玉に衛鞅への伝言を託します:

君主不在の間、太后が支える。秩序を守れ。手段は問わぬ。

この言葉に背中を押された衛鞅は、虔と公孫賈という嬴駟の教育係ふたりに重い罰を与えました。虔は「鼻削ぎの刑」を言い渡され😭、公孫賈は刺青の上、流刑を命じられました。もちろんふたりとも職位は剥奪され、領地も没収されます。

また、本来ならば、問題を起こした張本人の嬴駟は、成人であれば「処刑」されるところでしたが、未成年という理由から「体刑」は免除されました。その代わり、遺族への礼を尽くし、領地は没収、収入の10年分の罰金などの刑が課せられます。

そして衛鞅は、殺された農民たちの死を「戦死」とみなし、名誉と恩賞を与えました。村全体としても3年間、税が免除されます。成り行きを見守っていた領民たちは、この公平な裁きに大いに納得して帰っていきました🌹。

渠梁の嘆き

衛鞅は、これらの事件すべてを渠梁には知らせませんでした。下手に知らせたら改革が遅れると案じたのです。

さすがの渠梁も、兄が鼻削ぎの刑に処せられたと聞いた時は涙し、あまりのショックで気絶してしまいました。すぐに虔公子府を尋ねますが、不満一つ言わない兄の姿に涙が止まりません。衛鞅を殺して改革をやめ、我らで秦を再興しましょうっ!!

それでも虔は改革を支持します。ただし、お前の兄=虔は死んだ、と語りました。それでも、決して熒玉を衛鞅に嫁がせてはならぬ、と言い渡します。

渠梁は悲しみを抑えられず、宮廷に戻ると即、嬴駟を滅多打ちにしました。これは太后に止められましたが、渠梁は改めて「刑」を言い渡します。太子の座をはく奪し、宮廷から追放す!💢

まとめ

虔が以前、嬴駟にうさぎを殺すよう命じたシーンが忘れられません。嬴駟がこのような残酷な人間に成長したのも、あの時のトラウマが原因ではないのでしょうか。

衛鞅と白雪もそうだけれど、以前衛鞅が助けた河丫(かあ)がすっかり美しくなり、田舎に帰って黒柱子と世帯を持つことになったのは微笑ましかったですね🤗。

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