らんまん 最終週 ネタバレと感想 I miss you all!

朝ドラ【らんまん】もいよいよ今週が最終週でした。副題は「スエコザサ」。毎日楽しみに見ていたので、終わってしまって心の底から寂しいです😭。以下最終回の、ちょいと長めのネタバレですらんまんのネタバレ感想行きますよ~(^^)/

標本館

寿恵子は、驚きすぎて言葉の出ない万太郎に😨、嬉しそうに語りかけました🤗。

ねえ、万ちゃん。思い描いてみて。まずは、家族みんなで住めるお家。そして大きな標本館。あとは見渡す限り広いお庭。園ちゃんの、ありとあらゆる草花が咲き誇る植物の園、ここに作るの🤭。

万ちゃん、何を植えましょうか。春は絶景。桜の花吹雪。足元にはカタクリ、ニリンソウも可愛いのう。夏はヒメアジサイにウバユリ、キツネノカミソリ。秋は、イロハミジ、キンモクセイ、それからノジギク。冬は、ヒトツバヒイラギ、ワビスケ、新春にはウメの花も。それから、バイカオウレン。ヒメスミレも💐。

寿恵子とあれこれ語り終えた万太郎は、すごいのう、と称えます。ホンマにすごい寿恵ちゃんじゃ😍。

寿恵子は、万太郎と出会ったからだと答えました。私もこんな冒険、びっくりです。あなたのそばにいて、一緒に駆け抜けたから、自分の力で思いっきりやれた。私はやり遂げた

次は万太郎の番です

遺品の整理

翌週は、万太郎と寿恵子が園子のもとに旅立ってだいぶ経ってからのエピソードになりました🌹。ナレーションを務めていた宮﨑あおいさんが、藤原紀子という女性として登場します。結婚後はすぐに出戻り、父母を看取ったという千鶴(松坂慶子、二役)が、万太郎の遺品を整理するためにアルバイトを募集したのです。

藤原は、蚕糸試験場で雑用係をしていたそうで、植物を研究する場にいるとワクワクしたと語りました。千鶴はその話を聞いて、生前の万太郎を思い出し、その万太郎がよくそこから庭に出ていたという縁側を懐かしそうに見つめました。

母屋とは別に建てられた標本館(MAKINO HERBARIUM)の前には、大小のカエルの置物が並んでいます。中に入るとすぐ、あの十徳長屋に積んであったのがそのまま棚に移された感じで、標本が山と積んでありました💦。その数なんと40万点はあるそうです😵。この度これを都立大学に収めることが決まったため、標本を整理しなくてはならなくなったらしい。

その標本もまた、昔ながらの方法で束にまとめてありました。植物を新聞に挟み、表に採集地を書いて閉じてあります。でも大学ではこれをすべて学名順に収蔵しなければならないそうです。他にも留意する点がいくつもあったため、それを聞いた藤原はすっかり圧倒されてしまったようです😨。

単なる片付けだと思ってやってきたが、そんなに大変な仕事は自分には無理だ〜藤原はそう断って帰ろうとしたのですが、庭に咲いていたツユクサを見て、ふと思いとどまりました😲。彼女は、あれだけの膨大な量を、万太郎や家族、そして弟子たちが、震災からも空襲からも皆で守り抜いたのはどれほど大変だったかに思い至ったのだそうです。文字通り、地獄の中を守ってきた、その苦労を考えたら、とても断ることなどできなくなってしまったのだそう。

自分も戦争を生き抜いた身として、次の世代に渡すお手伝いがしたい

表面的な作業のみならず、標本に託した万太郎たちの心も受け取ってくれた藤原の仕事はそれはそれは丁寧でした👍。彼女は、標本を包んでいる新聞が、その標本を採取した地元の新聞だと気づいてくれて、たとえ、場所は違うけど同じ地名があったとしても、その新聞を手掛かりにすれば間違えないと千鶴に教えてくれたそうです。

藤原はあらためて、これほどの植物を分類して図鑑を発行した万太郎の偉大さを称えましたが、千鶴は「皆を振り回すダメなお父ちゃんだった」、と笑いました。この図鑑ができたのも全部、お母ちゃんと皆さんのおかげ。でも皆、お父ちゃんが大好きだった

理学博士

時はそれから30年ほど遡ります。万太郎は65歳、寿恵子は62歳になっていました。自宅にはしょちゅう近所中から子どもたちが集まってきて、当時はラジオ放送などに出演していた「槙野先生」を質問攻めにしていたらしい😁。

そんなある日、波多野と藤丸が訪ねてきました。波多野が帝国学士院の会員に選任されたのだそうです。これは大日本帝国で最も優秀な頭脳60人に選ばれたことを意味するらしい。また綾たちとともに沼津へ行った藤丸も、ようやく大震災から立ち直って新しい酒を仕込んだのだそう。波多野の選任祝いを兼ねて、沼津から美味しい干物や黒はんべを持参しました👌。

そこで波多野はそんなこと(=自分の祝い)より、万太郎に話があってきたと切り出します。彼は万太郎に「理学博士」になるよう勧めにきたのだそうです。大学や大学院を出ていなくても、本人に同等の力があると認められれば博士になれるのだそうです。その審査をしているのが名誉教授となった徳永でした。今なら波多野とその徳永が、万太郎を推薦してくれるのだそう🎉。

万太郎が躊躇っていると、波多野は、国内でこれほど新種を発表しているのに「理学博士」じゃないなんて、日本の見識が疑われてしまう😤、と力説しました。万さんは実際世界最国宝の植物学者なんだ!💢

でも万太郎は、まだ図鑑を完成していない自分にそんな資格はないと断ろうとします。理学博士といえば、田邊や伊藤だ、自分なんぞはまだまだだ。すると波多野は、そんな態度は傲慢だと批判しました。槙野万太郎がここにいるのは、時代や摂理に呼ばれたからだ。誰も植物になど目を向けなかった黎明期に、槙野万太郎なんて変な奴が現れて、日本中の植物調査を始めた😎。

賞賛と引き換えに、学問に貢献する立場と義務を引き受けろ。理学博士になるんだ、槙野万太郎!それが君の義務だ!

寿恵子も割って入ってきます。図鑑を成し遂げてからでは遅いじゃないか。先に理学博士になってこそ、図鑑も売れるのに!さすが寿恵子!( *´艸`)

万太郎が目をパチクリさせていると、波多野と藤丸が笑い出しました

寿恵子は真顔で続けます。理学博士になれば、この国の植物学にあなたの名前が刻まれる。あなたの名前が永遠に。これで万太郎がようやく承知しました。

寿恵子は万太郎と一緒に二人を見送りながら、明日は銀座へ行って万太郎の洋服を仕立てようと言い出します。万太郎は、寿恵子の服もと勧めながら、そのついでのように病院に行こうと促しました。最近寿恵子が、よくものを落とすようになったのが気がかりだったのです。

その後、小石川植物園で、万太郎の博士号の授与式が行われました。観客の中には、すっかり年老いた徳永もいて、最後まで世話が焼ける😁、と嬉しそうに文句を言っています。

万太郎は、植物との出会いを通して、植物も人も、あらゆる命には限りがあることを学んだ、と語りました。ほんじゃき、出会えたことが奇跡で、今、生きることが愛おしゅうてしかたない。会場にいる寿恵子を見つめながら、そう土佐弁で語った万太郎は、あらためて「どんな時も万太郎を支えてくれた寿恵子」と会場の皆に感謝を捧げました💐。

協力者たち

寿恵子の病気は、当時では原因も治療法も分からず、どうすることもできなかったそうです。万太郎は家族全員に、寿恵子を支えてほしいと頼みました。万太郎自身は、寿恵子が園子の元に行くまでに、なんとか図鑑を完成しなくてはなりません。それで野宮に、どうか力を貸してほしいと手紙を書きました。

野宮は早速駆けつけてきて、万太郎から植物がを頼まれるなんて、この上ない誉だ、とその感動を伝えてくれます。万太郎は虎徹にも「説明文」を依頼しました。虎徹もまた感激して、自分で良いのか?と聞き返します。3代目の助手、務めてきてよかった😍!と感激する虎徹に、万太郎は、何をいうか、虎徹はわしの一番弟子じゃ😤!、と背中をバンと叩きました

藤丸も「菌類なら任せて!」と請け負ってくれます。多忙な波多野は自分の代わりに院生たちを連れてきてくれました。また各地で一緒に植物採集をした人々も集まってきます。

こうして最後の追い込みにかかると、寿恵子も「差し入れのおにぎり」を作ってこれに参加しました。そうすることで、寿恵子も研究の一員になれた気がしたそうです

広瀬も、万太郎の理学博士の祝いを持ってやってきました。事情を聞き、図鑑の項目が3200を超えると知った広瀬は、自分が索引を作ると申し出てくれます。万太郎は索引のことはすっかり忘れていたそうです。

広瀬はずっと「大学教授こそ普請場に出ろ!」と皆にハッパをかけて煙たがられてきたそうですが、復興の仕事も軌道に乗った今は「ただのエンジニア」に戻るのだそう。万太郎は、それでこそ、我ら、名教館門下じゃ、と笑いました。わしら、やっと、おんなじ道を行けるのう

ついにシェークスピア全集の翻訳を終えた堀井も、全集を届けにきたところを捕まって、手伝わされました😅。彼のモデルは坪内逍遥だったのですね〜。彼が語った「深夜の戯言」は早稲田大学坪内博士記念演劇博物館ですね。

スエコザサ

それから万太郎は北海道帝国大学から、マキシモヴィッチ博士の生誕100年の式典での講演を頼まれました。寿恵子の体を心配した万太郎は断ろうとしますが、寿恵子はダメだと叱ります。博士、「学問への貢献と義務」をお忘れですか😏?寿恵子は万太郎に、この家を一歩出たら、家族のことは忘れて、万太郎と植物だけだといつも言い聞かせているのだそうです。

新種、見つけてきてくださいね🤗。

万太郎はその言葉通り、新種の笹を見つけました。北海道への帰りに、今度は東北帝国大学に招かれて仙台に立ち寄った時のことです。はじめまして。この笹が図鑑最後の新種になりました。

葉の縁が巻いている=波打っているせいで、光によく映えるこのササは、表面には白い毛が生えていて、その細い毛が光に透けて、とても美しいのだそうです。万太郎はこのササを「スエコザサ」と名付け、図鑑の最終ページに加えました🌿。

輝峰

一方、綾と竹雄が、ついにふたりの新しい酒を作って持参しました。酒の名前は「輝峰」。今日も生きて暮らしていく〜そういう人の営みと共にある名前にしたかったのだそうです。味もたいそう美味しかったそうです。下戸の万太郎が、生まれて初めて「酒が美味しい」と感動したのだそう😁。寿恵子は、明るくて晴れた空みたいだ😍、と感激しました。

図鑑の完成

寿恵子が縁側の椅子に腰掛けてまどろんでいると、万太郎が出来上がった図鑑を大事そうに抱えてやってきました。寿恵ちゃん。出来たき。わしらの図鑑。

寿恵子は感激してしまいます。なんと立派な!?😭

万太郎が中を開くと、そこにはまず、たくさんの人々への感謝が綴られていました。名教館の池田蘭光、博物館の里中芳生に野田基善、東京大学の田邊彰久、徳永政市、大窪昭三郎、波多野泰久、藤丸次郎、堀井丈之助に山本虎徹、野宮朔太郎、山本千歳、槙野百喜、槙野大喜、槙野千鶴、そして妻の槙野寿恵子。最後には、この図鑑を亡き園子に捧げる、と明記されていたようです🌹。

実際の植物画は、寿恵子の大好きな(八犬伝の)ボタンや園子のヒメスミレから始まっていました。全部で3206種あるそうです。

「らんまんですね」と涙を流す寿恵子に万太郎は「最後の新種」を披露します。スエコザサ、私の名前?学名は「ササ・スエコアーナ・マキノ」です。じゃあ私、永久に万ちゃんと一緒にいられるんですね?💜

万太郎は、寿恵子が万太郎を最後まで信じてくれたことに対して礼を言いました。寿恵ちゃんは、いつじゃちわしを照らしてくれた。寿恵ちゃんが、わしの命そのものじゃ。寿恵子もまた、万太郎こそ寿恵子のお日様だった、と伝えます。

でも寿恵子は、最後にこう言うのを忘れません。私がいなくなったら、いつまでも泣いていてはダメだ。万太郎さんと草花だけ。草花にまた会いに行って。そしたら私もそこにいるから。草花と一緒にそこであなたを待っているから

万太郎は泣きながら寿恵子を抱きしめました。愛しちゅう。愛しちゅう。寿恵ちゃん、わしら、ずっと一緒じゃ。寿恵子は何度も頷いていました。

万太郎はこの約束通り、寿恵子が園子のもとへ行った後もずっと、また胴籃とスケッチブックを持って山へ出かけたそうです。そこには、やっぱり約束通り寿恵子が待っていてくれて、ふたりはずっと一緒でした

せめてアタイもこれを手元に置いて彼らの生き様に思いを馳せよう
オリジナル普及版 槙野日本植物圖鑑
オリジナル普及版 槙野日本植物圖鑑
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