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テレビ報道記者〜ニュースをつないだ女たち〜ネタバレと感想 先輩たちにエールを

先日日本テレビで放送された3時間ドラマ、【テレビ報道記者〜ニュースをつないだ女たち〜】もようやく見終わりました。いや〜なかなか見応えのあるドラマでしたね👍。題材が90年代の「日本犯罪史において最悪の凶悪事件」と呼ばれたオウム真理教事件に始まり、ようやく収束?した新型コロナのパンデミックまで及んだのも、ちょうど自分の人生と重なってとても感慨深かったです。本当に、色々ありましたね〜この40年も😈。

以下あっさりネタバレと感想をまとめました。ドラマは、40年前と現代を対比する意味でも交互に展開していきましたが、ここではできるだけ個別にまとめまするね。Tverでも12日まで配信しているそうですから、お時間に余裕のある方はぜひご覧いただきたいですテレビ報道記者のネタバレ感想いきますよ〜( `ー´)ノ

曽根京子

80年代の主人公は曽根京子(仲間由紀恵〜社美彌子@相棒)です。ちょうどバブルが始まった時期〜1981年に日本テレビに入社した曽根は、女性が功績を挙げても枕営業だと陰口を叩かれたこの時代に、同僚の男性記者に混じって必死に働いていました。最初は「パンダと花」の話題しか取材させてもらえませんでしたが、そんなことを取材するために報道に入ったのではない😤、と激しく食ってかかります。

過酷な現場ではトイレにすら行けず、記者仲間から「男はどこでも可能だが、おまえはさすがにやめろよ😁」と注意されたそう。ちょうど世間では「男女雇用機会均等法」が制定された頃です

仕事を応援してくれていた恋人がプロポーズしてきた際も、曽根は「仕事が最優先で家庭や子どもは2の次」と考えていたのに対し、恋人は「結婚したら仕事を辞めて当たり前😈」と考えています。曽根がその考えに反論すると、百歩譲って仕事は続けるにしても「忙しくない部署」への異動を勧められました。経済的なことは僕に任せておけばいい。家も建てるし犬も飼おう🤗。(いや、犬の話はなかったか😅)曽根は付いていけませんでしたそんな男にだけ都合のいい「結婚」はお断りだわ

1995年5月16日、オウム真理教の代表、麻原彰晃の逮捕時も、山梨県の上九一色村で張り込みをしていました。曽根も仲間たちも皆「地下鉄サリン事件」が頭にあって、もしかしたらここでもサリンを撒かれて死ぬかもしれない、そう覚悟していたそうです。幸いなことにそうした反撃はなく、麻原彰晃こと松本智津夫は無事逮捕されました。

この報道をひとりの女子中学生が食い入るように見つめています。それが後に日テレに入社する真野二葉です。

また曽根は坂本堤弁護士一家殺害事件も報道しました。一家が殺害されたのは、麻原逮捕から遡ること6年前であるにもかかわらず、本格的な捜査が始まったのは、麻原が逮捕された1995年のことでした。実行犯のひとりが自供したのがきっかけです。曽根は、まだ1歳だった息子の龍彦ちゃんも含めた一家3人の遺体が見つかったと聞くと、激しい後悔とやり切れなさでいっぱいになりました😨。

私には責任があります!😤

当時のマスコミは「オウム真理教」がどれほど恐ろしい団体かという点には目を向けず、視聴率のためにこれを利用していました💀。私がもっと早く真実を報道していれば、たくさんの命が失われずに済んだかもしれないのにっ!!

当時の上司は、その後も坂本弁護士一家殺害事件の取材を続けようとした曽根を怒鳴りつけました。そんなことで罪悪感が消えると思うな。その罪悪感は一生背負っていけ。

曽根はその十字架を背負いながら、数々の誹謗中傷に耐えて必死で働き、日テレ初の女性の「テレビ報道記者」となりました。そしてついには警視庁記者クラブのリーダーという花形=「警視庁キャップ」に抜擢されるだろうと目されていたその時、またしてもどん底に突き落とされます。上司は若手の後輩をキャップに指名したのみならず、曽根にサブキャップとして彼を支えるよう命じたのです

曽根は結局「男を支える女」としてしか見てもらえないことに絶望しました。報道の仕事に誇りを持っていた曽根は、とうとう我慢できなくなって会社を辞めたそうです。私は逃げた。

退職の花束を持って廊下を歩いていた曽根に声をかけたのは、入社2年目の平尾成美(木村佳乃〜田代朝子@我らがパラダイス)です。平尾は曽根に憧れていて、いつか一緒に取材するのが夢だと語りましたが、曽根は「残念ね」の一言を残して去っていきました😭。

平尾成美

麻原が逮捕された年に入社した平尾もまた、女性蔑視が当然の時代で奮闘した一人ですが、それでも曽根の頃よりは均等法が社会に浸透してきたようで、彼女は、曽根の念願だった女性初の警視庁キャップとなりました。でも、やっぱり独身で、子供も持たず、母親の介護は金を出して妹に任せきりだったそうです。

彼女が特に心血を注いだ事件として「上智大生殺人放火事件」が取り上げられました。ちょうど彼女と同じ年頃の被害者が、海外へ留学して戻ってきたら報道記者になりたいと夢を語っていた矢先、無惨にも殺されてしまったのです😨。もうじき時効を迎えるというのに、まだ犯人は捕まっていません。平尾は毎年彼女の命日には被害者宅を訪れて取材を続けていました。

この志は、後輩の真野に引き継がれていきます。それは下でまとめるとして、真野の活躍に感動した平尾は、これからも上を目指すと宣言しました。私は将来社会部長になる!平尾は特に出世に興味があるわけではなかったけれど、自分が今警視庁キャップとなり、警視総監とも話せる立場になれたのは、曽根たちの奮闘があったからだと確信していたからです🌹。

先輩たちにも、今の時代に生まれて良かったと思ってもらえるように。後輩たちにも私が道を作りたい

真野二葉

真野二葉(江口のりこ〜峰岸雪@悪女(ワル)〜働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?)が日テレに入社したのは2003年。それでもまだまだ男社会の日本において、真野は平尾という上司から多くのことを学びました

2011年の東日本大震災では、真野は現地に飛んで、被災者の現状をビデオレターにして日本国中に伝えたそうです。被災者の多くは、今生きていられることに感謝し、遠くで心配してくれているだろう親戚や友人たち、そして見知らぬ人々に「大丈夫だから心配しないで」と笑顔で語っていました。

平尾はこの映像を見てとても慰められたそうです。彼女は震災直後に「津波」をまったく想定せず、局では「お台場の火事」を放送していたのだそうです💦。あの時すぐに津波の危険性を訴えていたら、多くの人の命を救えたかもしれないのに😭。その教訓はでも今回の能登半島地震でだいぶ生かされましたね👍。

また「上智大生殺人放火事件」の被害者遺族の取材にあたり、遺族の「時効」に対する無念を目の当たりにした真野は、夫の須貝辰矢(青木崇高〜木曾義仲@鎌倉殿の13人)にこの話をして聞かせました。すると須貝は「時効なんて無くせば良いのにな」と答えたのだそう。

真野はハッとしました。折しも「時効撤廃」の活動をしていた元警察署長の海老名雄一(坂東彌十郎〜佐野雄太郎@VIVANT(ヴィヴァン))を見かけたこともあり、マスコミ嫌いの海老名にくらいついて「仲間」にしてもらうことにします。被害者遺族も顔出しでテレビ出演してもらい、全国的に時効撤廃を呼びかけました。その活動が奏功し、国会で殺人の時効が廃止される法改正が決定したそうです🎉。

和泉令

最後はZ世代の和泉令(芳根京子〜藤崎亜季@それってパクリじゃないですか?)です。和泉は2019年に報道を希望して入社しましたが、報道のあり方に対する疑問が日に日に膨らんでいきました。

新型コロナのパンデミックに突入すると、IT音痴の上司の世話をしなければならない上に😅、毎日が「数字漬け」になっていきます。

ある日、和泉はでもいつものように「入院患者の数」を公表しようとしましたが、平尾はこれを「在宅療養患者の数」に変えてしまいました🤨。平尾は、今コロナに罹っても入院治療は受けられないかもしれないという事実を知らせて、さらなる注意喚起をしたかったのだそうです

コロナは患者ばかりではなく、幼児の母親たちにも弊害をもたらしました。幼稚園の閉鎖です。子供のいる真野は、当然のように自分が休みを取って、子供の面倒を見ることにしました。和泉は須貝に食ってかかります。須貝さんが休めば良かったのに😤!!これは八つ当たりです!

須貝は、こういう時はやっぱり母親だろう?と何の気なしに答えましたが、和泉は負けません。男性は、育児に参加すれば「イクメン」なんて呼ばれていい気になっているけど、女性は「当たり前」だと解釈される。男はすでに下駄をはかされているそこに気づいてください!!

須貝は大いに反省し、自分が育休を取ることにしました👍。真野はすぐに和泉が何か言ったに違いないと察します😁。

また、以前、真野は平尾に「私も警視庁キャップになる」と公言していましたが、平尾はこれを会社の皆に知らせたそうです🤗。真野が諦めたりしないように包囲網を張ったのです。子育てしてキャップ!絶対に実現させてください!!

代わりはいる/誰でもなれる

かつて平尾は「平尾がいなくても代わりはいる」と思われたくなくて、脇目もふらずに馬車馬のように働きました。でも今は「代わりはいる」と考えているそうです。だからゆっくり休んで=自分を大事にして良いのだと🌹。

また和泉は、時短請求しておきながらこっそり時間外労働をしている真野に「ズル働き」はよくない、と注意しました。そんな滅私奉公の社員がいると、会社はそれを当たり前だと思ってしまう。どんな境遇であっても、きちんと休みを取り、昇格もできるようにしなければならない

感想

冒頭でも触れましたが、おばさんは曽根とほぼ同世代なので、一番共感できましたね。おばさんもまだ「お姉さん」だった頃は営業職に就いていて(しかも成績はトップだった)それが当たり前だったのに、新しく来た上司に「女性は全員男性の補助に回れ」と言われて腹を立てて辞めた口です😁。

その職場は(やはり素晴らしい先輩のおかげで)当時にしてはめずらしく代々女性が活躍する職場でした。早朝出勤も残業も当たり前で、トイレも確かにしんどかったですね〜。しょっちゅう膀胱炎になってました。もれなく「お茶当番」はあったけど、忙しい時は男性社員&上司もお茶を入れてくれましたっけ。

その部長が来た頃は、今にして思うと、ちょうどバブルがはじけて社全体としては業績が下がってきた頃で、売り上げの少ない男性社員に「立場」を作ってやらなきゃならんかったんだろうけど、そんときゃそんなふうには考えられず、我慢できませんでしたね

それが今では堂々と権利を、しかも誰もが主張できる時代になった!?😍

それでもまだまだ絵に描いた餅のような気もしちゃうんですよね💦。だってコロナ禍ってつい1〜2年前のことでしょう?それなのに「夫婦のどちらが子供の面倒を見るか」となった時「やっぱり母親だ」となるのは昔とほとんど変わっていないし、本来なら「被害者」であるはずの罹患者が、コロナになって肩身の狭い思いをしなくちゃいかんなんて、時代錯誤もいいとこでしょ👎。医療従事者はもちろんのこと、介護施設や幼稚園など、どうしても感染の可能性が高くなる職場で働いている人はむしろ感謝されて然るべきなのに、それが責められるなんて言語道断ですわ😤。

その上「コンプラ偏重ですっかり臆病になった社会の行きつく先を想像すると、こんな今だからこそ(生理的に)建前ばかりじゃ生きていけない女性たちに、もっともっと声をあげてほしい、立ち上がってほしい!と言いたくなっちゃうおばさんでした🐒。

原作はこちら
テレビ報道記者
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