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舟を編む〜私、辞書つくります〜ネタバレと感想 第6話 幸運な偶然

三浦しをんさん原作のドラマ【舟を編む〜私、辞書つくります〜】の6話を視聴しました。いや〜岸辺の成長は目を見張らんばかりですね😍。おばさんはもはや母親の気分で誇らしさでいっぱいです満足げに笑う。以下早速ネタバレです踊るカエル

月イチカツカレーの会

玄武書房の食堂では、月に1度「特製カツカレーの日」があるのだそうです。辞書編集部では、荒木を名誉会長として、月に一度皆でこのカツカレーを食べることにしているのだそう。以前岸辺が馬締に初めて会ったのも、実はこのカツカレーを食べる日でした🤗。

馬締は「再開」と語っていたので、どうやらしばらくお休みだったようですね。松本は「胃腸の調整不足」を、佐々木は「夫とのランチの約束」を理由に不参加となりましたが、岸辺は喜んで入会することにします。これを勧めるにも強制するとパワハラになりかねないと気を使うのがまた大変で💦。

このカツカレーへの荒木のこだわり(注:俗用)がまた面白かった🤭:

カツはカツとしてカレーと出会い、カレーはカレーとしてカツと出会う。然して汝、汝としてカツカレーと出会う。出典=我😁(荒木)

熟字訓

岸辺は辞書を開いた時に起きる風が、他の本のそれと違うことに気づきました😲。辞書の風はとても柔らかいのです。微風(びふう)?そよ風?と呟いていると、松本が「そよかぜ」は漢字で「微風」と書くと教えてくれました。微は単独で「そよ」とは読まないけれど、風と合体することで「そよかぜ」と読めますものね。こうした漢字2文字以上の熟字に当てられ、かつ1文字ずつに分けられない訓読みのことを熟字訓と呼ぶのだそう🌹。

微は風と出会って初めて「そよ」になれる

松本の説明に、岸辺は「素敵ですね」とうっとりした表情を浮かべました。私は誰と出会って何になるんだろう?

トラウマを乗り越え

カツカレーの会には西岡も参加していました。そこで彼は「死神」と恐れられている新社長の五十嵐十三(堤真一〜片岡洋@ファーストペンギン!)について語り始めます。五十嵐は、経営不振の出版社を立て直すために送り込まれてきたのだそうです😈。

辞書については以前も役員から「辞書は金食い虫で金にならない」との横槍が入ったそうで、その時は西岡が、自分を犠牲にしたアルマゲドンで大渡海を救った〜いわゆる人件費削減で、西岡が辞書編集部を去ることにしたのだそうです👍。

今も決して油断はできないから、上を説得する「数字」などの材料をしっかり用意しておいた方がいい、という西岡の助言から、話題がSNSに移りました。本来なら「インフルエンサー」にお願いするのが手っ取り早いですが、松本は打つのが遅くて当てにできそうにありません😅。

とそこで荒木が「ジーションズの投稿を見つけました😍。しかも2千回以上拡散されていたそうです。それは岸辺が理由でした。そのコメントのほとんどが「読モだった岸辺がここまで落ぶれた😈」と嘲笑していたそうです。岸辺がそこまで嫌われた理由もほぼほぼ判明いたしました。どうやら、岸辺がアイドルと噂になったことへの「嫉妬」だったようですね

でも今の岸辺は、当時は自分の態度も良くなかった、と冷静に反省していました。その時彼女は「知りもしないでこじつけしてくるなんてよほど暇なのか」とコメントした結果、ますます炎上したのだそうです😅。

佐々木や馬締は、辞書学習会の写真をSNSに投稿できないようにしておけばよかったと反省し、今からでも削除はできないのか、と心配しますが、岸辺はむしろ辞書編集部に迷惑がかかることを心配します。もちろん誰も迷惑になど思っていません

どうしたいかと問われた岸辺は、このままでいい、と答えた直後、このまま「が」いい、と言い直しました。なぜなら最初の投稿には「辞書引き学習、楽しかった!はしゃぐ豆と書かれていたからです👍。もし削除を頼んだら、せっかく楽しかった思い出が楽しく無くなってしまうだろうし、岸辺にとっては既に過去となった誹謗中傷よりも、現在向けられた称賛の方が数倍嬉しかったのです🤗。

その上、自分が読モをやっていたことを覚えていた人がいることに喜びさえ感じたそうです。彼女なりに一生懸命やっていたから。それなのに自分では「黒歴史」と決めつけて抹殺してしまっていたから🌹。

激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム、アゲイン

岸辺の話を聞いていた馬締は、怒りが抑えられませんでした

たとえ誰かが岸辺に対して「悪い思い出」を抱いていても、それは岸辺が与えたのではなく、愚拙愚案が生み出した虚構でしかない。岸辺の言葉に傷ついたとしても、先に傷つけてきたのは彼奴らの方だ。故に、岸辺が彼奴らを気遣う必要は毛の先ほどもありはしないっ!!パンチ炸裂

ということで、とりあえずこの件は様子見となりましたが、荒木は「惜しい」とぼやきます。今の岸辺なら、言葉をもっと潤沢かつ的確に使って反撃できただろうにというのです。松本ももちろんだと同意しました。今も、言葉にし難い複雑な胸の内を、それでもなんとか言葉にして我々に伝えてくれたじゃないか🤗。

岸辺は涙が止まりません😭。

その夜、馬締は香具矢にこの話をして聞かせました。香具矢は、それは大変だったと言いながら、そうした中傷があったからこそ、岸辺が辞書編集部に来ることになったのではないか、と過去の出来事を肯定します🌸。

死神の一言

恐れていた事態がやってきました💀。馬締が役員会に呼ばれ、紙の大渡海の製造を中止にし、デジタル一本にすると告げられたのです😨。社長の五十嵐はでも「辞書の必要性」は分かっていたようなので、馬締と一緒に会議に参加した西岡は「精神論」をぶちかまそうとした馬締を押し留め、一旦持ち帰らせてほしいと頼みました。社長を説得するには、紙の辞書を作る意義と利点、そしてそれが売上にどう結びつくのかを一撃必殺で突きつけるしかない!!😤

もらった猶予は2週間です。荒木からは、この件に関して、松本をはじめとする関係者には決して知られてはならないとの緘​口令が敷かれました。

辞書が大好きな仲間

岸辺はその後、あけぼの製紙との打ち合わせに参加しました。その日は宮本が開発部と技術部のスタッフに引き合わせてくれることになっていたのです。岸辺は複雑な胸中を隠して出席しました。

新たに紹介されたふたりは、口々に、こんなにワクワクする仕事がもらえて嬉しいと感激を露わにします😍。最近では、出版する本の専用の紙を特注されることなど滅多にないのだそうです。そこに宮本も加わり、必ずや「究極の紙」を作ってみせると約束しました

岸辺も宮本に感謝します。ちゃんと人が作ってくれているんだ、と素直な感想を口にした岸辺に、宮本もまた、辞書編集部の社員に会った時は同じように感じたと答えました。辞書って人間が作ってるんだって😁。

岸辺はこのすばらしい「同志」と今の悩みを分かち合いたい誘惑に何度も駆られましたが、そこはグッと抑え、辞書をめくった時に起きる風などについて今度ゆっくり話したいと言うに止めました。宮本も、ニッコリ笑って(次に会う時までに)試しておく、と答えます💜。

天童と辞書との出会い

それでも岸辺はどうにもやりきれず、悪態をつきながら社に戻りました。その気持ちは天童も同じだったらしく、めずらしく彼の方からねぎらいの声をかけてきます。岸辺は天童に飲み物を買わせて屋上へと誘いました。

そこで天童が「辞書との出会い」を語ってくれます。彼は幼い頃、両手がない女性の映画を見たそうです。その頃から、自分は(性的に)少数派だと察していた天童は、その彼女が自然体で生きる様子に大いに感動したのだそうです。ふわ〜っとそこにいるし、何も背負ってなくて、何とも戦ってねえangel。本当のところは分からないけど、天童にはそう見えたのだそう。

すっかり満足して迎えたエンディングで流れた曲の歌詞に「互いに手を差し伸べ」という表現があったのを聞いた天童は愕然としました😨。手があって当たり前だと思っていて、手のない人の気持ちなどまったくわかっていない奴らが作ったに違いない😤!そう憤っていたら、たまたま松本が現れたのだそうです。

天童から話を聞いた松本は辞書を差し出して「手」と「差し伸べる」を調べるよう促しました。たとえ手が無くても、誰かに手を差し伸べることはできる。天童はこの時初めて「比喩的表現」を知ったのです。辞書には「持てる力を効果的に活かす」と書かれていたそうです。

天童は岸辺が出かけている時、先輩が書いたと言う「紙の辞書の良さについて書かれた論文」を読んでいてセレンディピティ(Serendipity)という言葉を見つけていました。これはホレース・ウォルポールが、セレンディップと3人の王子(The Three Princes of Serendip)というお伽話から生み出した造語で「幸運な偶然を手に入れる力」を意味するのだそうです。

ドラマではそれ以上言及はなかったけれど、辞書には確かにセレンディピティ、ありますよね。かくいうおばさんも昔はよく(英英辞典だけども💦)辞書の散策をしたものです。また天童が見た映画も彼にとっては、引いては今やかけがえのない仲間となった岸辺にとっても「幸運な偶然」だったに違いありません

心強い相棒♪

岸辺は、天童がその映画を「お菓子目当てで見に行った」と語ったことから、あることを思いつきました。デジタル辞書の「付録」として紙の辞書を進呈することにしたらどうか?

言葉に誰よりも敏感な荒木は「付録🐒」だなんてとんでもない💢!と憤慨しましたが、天童や佐々木は「デジタル化」の利点を認めざるを得ませんでした。馬締も、荒木の怒りも理解しながら、辞書を作るための苦肉の策だ、と岸辺の案を擁護します。

荒木はこれまで溜まりに溜まった不満を一気にぶちまけました

「時代」の流れには逆らえないというけれど、じいさんは必死で付いていってる。十円玉からテレフォンカード、ポケベル、PHS、携帯電話、スマートフォン。でも辞書だけは、俺が死ぬまで待ってくれ

荒木は「辞書の呪い」だと嘆きます。俺は辞書に取り憑かれた。妻が死にそうな時も、無意識に、医者は看護師の言葉を用例採集してた。生き方間違えたんじゃないかと後悔ばっかりだ。でも、辞書を作り上げることができれば、その中に俺の人生はある。確かに紙の辞書は随時情報をアップデートできないけれど、その時代(歴史)の証人でもある。それも大いに価値がある怒り炸裂

荒木は、それも「精神論」に過ぎないのか、と言って、頭を冷やしに出て行きました😔。

岸辺は、どうしたら荒木に分かってもらえるのか悩み、ふと「付録」の意味を確認することにします。信じるために疑ったのです👍。案の定「付録」の意味は、岸辺が意図したものではありませんでした。付録=オマケ、付け足しなのです。荒木が怒るのも無理ありません💦。

荒木は荒木で、道端に積まれていた松本の編集した小型辞書の値段が200円だと知って愕然とします😱。これが「時代」なのか。もう辞書は無用の長物なのか。

荒木が、昔、松本と過ごしたワクワクするような日々を思い出していたところに、岸辺と馬締が走ってきました。松本から「荒木が落ち込んだ時に行く場所」を聞いてきたのだそうです🤭。

岸辺は荒木に、またしても言葉を雑に扱って間違えた🙏、と謝罪しました。岸辺が言いたかったのは決して「付け足しのオマケ」などではなく、特典だと説明します。デジタルの豪華版です!豪華特典です!!smile

たとえ1冊でも作れたら、それからはきっとクチコミで広がって注文もバンバン入る。私たちが作るのはそういう辞書だから!!

私はもうカツカレーで熟字訓。私は私として、荒木さんや辞書編集部の皆に出会って、今までとは違う私になった。もう辞書を作る前の私には戻れない。多くの人が長く安心して乗れるような舟、寂しさに打ちひしがれそうな旅の日々にも心強い相棒になるような舟を作りましょう!!

この最後の部分〜以前岸辺が馬締から聞いた話は、最初に松本が荒木に語り、次は荒木が馬締と西岡に語った言葉なのだそうです。いや、誰が誰を真似してもええやんか。良い言葉はこうして語り継がれていくのでござる

荒木はそれでも「紙をメイン」にしたいと念を押して、再び辞書作りに取り組むことにしました。もちろん岸辺や馬締もその気持ちは同じです。編集部員たちは、かつて荒木と松本が、大渡海の出版が決まった時にしたという「ぴょんぴょんくるくる」で誓いを新たにしたのであります

まとめ

辞書は定期購読するわけではないので(一度買えば終わり)、豪華特典と銘打つ戦略は悪くないと思いまするよ。それに、何でもかんでも効率を重視しがちな現代において、辞書は情操教育の手段として大いに活躍するのではないでしょうか💐。

さて今回、西岡は役員たちに、超人気ブックデザイナー=ハルガスミにアプローチしているとハッタリをかましていましたが、次回は本格的に彼を追いかけるようですね。

なんとか最後にはめでたく究極の紙で大渡海を作り上げ、岸辺たちに宮本も加えた盛大な「ぴょんぴょんくるくる楽しみ♪」が見たいものです🤗。

舟を編む
舟を編む
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ちはや
2024/03/27 (Wed) 10:17

今回もとっても素敵なお話でしたね。
こんさんの解説も何度も読み返して浸っています。

天童くんが子供のころに見た映画は、「典子は、今」でしょうか。
気になって主題歌を調べたら、確かに天童くんがひっかかってしまった歌詞がありました。
小学生の頃に学校で見たのを、懐かしく思い出しましたよ。

わたしも「付録」=おまけ、添え物のイメージの方が強かったので、「あー、その表現は…」と思いましたが、最近のファッション誌には、バッグやポーチなどメインと言えるような豪華な付録がつくことが多いので、ファッション誌の編集部にいた岸辺さんにしてみれば、そういう感覚だったのかもしれませんね。

今、「単になんでも電子化しさえすれば、効率的な世の中になる」といった風潮になっているのが、ちょっと怖いなと感じています。
だからなのか、簡単に随時アップデートはできないけれど、その時代の証人(歴史)となる、と話す荒木さんに、なるほどと思い、なんだか涙がにじんでしまいました。
熟字訓を人との出会いで表現するラストにも。

前回のコメントで、こんさんも紙の本がお好きと聞き、うれしくなりました。
森山未來さんが「今はスマホでも紙でも本を読むことができるけど、スマホだと光っている文字を視覚的に追うだけ。それが紙なら、紙という立体がそこにあって微々たるものでもインクの盛り上がりなどが知覚として入ってくる。本の厚みと終わりを認識しながら読むことになる。スマホと紙とでは、同じ文字データを読むにしても感覚の持ち方がずいぶん変わってくる」と話しておられたのも印象に残っています。

本の手触り、捲ったときの風。
そして装丁に惹かれることも多いで(好きな装丁家さんもいます♪)、次回の内容もとても楽しみです。

こん
ちはやさんへ
2024/03/27 (Wed) 12:12

教えていただけてよかったです♪

ちはやさん、こんにちは〜(^^)/。

あ〜そうそう「典子は、今」でしたよね。私は見ていないのだけれど、母がサリドマイド患者のドキュメンタリー映画があるって話していたのを思い出していました。でも天童がドキュメンタリーではないと言っていたのを聞いて、他のフィクションなのだと思い込んでいたのですよ。余談ですが、私の本名の表記は「ひらがな」なんですけどね、もし万が一サリドマイド児だったとしても名前が書きやすいように、って付けられたのだそうです。

なんとなく気になっていて、あとで調べてみようと思っていたので、教えていただけて助かりました。ありがとうございます〜( ´ ▽ ` )ノ。

付録の件では、私は即座に「デアゴスティーニ」を思い出しましたよ。あれも実に豪華な「付録」ですよね〜。付録目当てで買いたくなっちゃったことが何度かあります( *´艸`)。

私も、小説を読んでいる時「残りの厚み」を確認することがよくありますよ。結末を知りたくて早く読み終えたい時もあるけど、どちらかと言うと、まだまだ先があると思うと嬉しくなる方です。長ければ長い方が好き。いつまでもその世界に浸っていたい方なので、終わっちゃうと思うと寂しくなっちゃう(笑。でも、もともとがズボラで大雑把なので、あまり外観にはこだわりません(汗。

来週の展開が楽しみですね〜。こん